将来を考える後輩へ 焦らず、多くの経験を
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 新しい「令和」の時代が始まった。僕は「昭和」生まれであるから、元号で数えたら三つ目の時代を生きている。大体、令和はまだ始まったばかりでこれからだし、昭和は僕が4歳半のころに終わってしまったので、現時点で自分の記憶にあるのはほぼ「平成」時代である。その平成の約30年間は何をやっていたか。結論から言うと、大変な時代だった。

 主に平成前半は学校生活、平成後半は落語家の前座二ツ目修業の生活だったことになる。

 学校生活では、毎日決まった時間に通学し、勉強の他に人間関係や日常生活を学んだりする。休日もあるにはあるが、膨大な課題などもあり、自由気ままというわけにもいかない。

 落語家になって前座修業も、毎日寄席の楽屋に通楽し、上下関係厳しく、虫けら同然の扱いを受ける。無論4年間休みなどはない。二ツ目に昇進しても修業からは解放されるものの、いまだ真打ちの一枚看板とは違い、人脈造りや芸の確立などが求められる。運よく過大評価されよい思いをし、楽しい二ツ目生活が送れ、その勢いで真打ちに昇進してしまう人もあれば、その逆もある。要するに博打(ばくち)である。じゃあ僕はどうだったか。それは桂夏丸の落語会のマクラで話すので、ぜひ来ていただきたい。

 平成のおしまいごろ、つまり真打ちに昇進する直前ごろから、母校に呼ばれることが増えてきた。

 それは小学校であったり高校であったり。

 落語を子どもたちに聞いてもらい、親しんでいただくのが目的の一つだが、公演の前半に講演を頼まれたりする。内容は、特殊な職業に就いた卒業生なのだから、夢の実現のためにはどうすればよいかを話してほしいという物だ。

 そこでよく話すのは、教師も親も、とにかく人を焦らせるので、それをやめてほしいということである。

 教師は立場上、そして世間体をやたら気にする親なら仕方ないのかもしれないが、とにかく勉強しろ、よい学校へ行け、フリーターにはなるな―とか、とにかくやかましいのである(たまたま僕に関わった人々がそういう考えだっただけかもしれないが)。

 うまく出世できるならそれに越したことはないが、就職や独特な夢を持っている場合、必ずしもそれがよいとは限らない。

 親が進路(人の人生)に関してやかましく焦って就職した結果、悲惨な目にあったという話を聞いたりもする。

 だから自分の将来に関しては、焦る必要はないと思うのである。多少は遊ぶ時間や自由気ままな生活、行雲流水の期間を持ち、さまざまな経験や考え方を養い、個性のある生き方をするのも大切なような気がする。

 その結果、皆が落語家になっちゃっても困るけど…。



落語家 桂夏丸 東京都墨田区

 【略歴】渋川青翠高から2003年3月入門。18年5月に真打ち昇進。同高3年時に上毛ジュニア俳壇青葉の部最優秀賞を受賞。本名・阿部清彦。東吾妻町出身。

2019/06/01掲載

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