知識の定着と活用 学びを自分事にしよう
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 講演会で講師への謝辞に当たった人は、ほとんどの場合、上手に講演内容をまとめ、その要点をうまくつかんで聴衆の代表として感謝の意を表してくれます。

 謝辞を述べるときには、頭の中ではどうなっているのでしょうか。まず、情報や知識を聞いたり、見たりして、頭の中に入れるインプットの過程があります。次にインプットされた知識や情報を自分の言葉にするためにそれらを再構成する過程があり、再構成した知識や情報を話したり書いたり発信する、アウトプットする過程があります。

 謝辞をいう人以外の人も同じように知識や情報をインプットしています。それにもかかわらず、なぜアウトプットの部分で違いが出るのでしょうか。それは、謝辞を指名された人は、アウトプットをすることを予告されたためにその話が自分事となり、能動的になり、一生懸命再構成しようとしたからです。

 授業において、教師が一方向型の授業を行った時、もし受け手である生徒が、その授業を自分事として捉え、能動的であれば、インプットした情報や知識は、再構成されアウトプットされ、情報や知識は定着したり、活用できるようになったりします。

 事実、成績の良い生徒は、教師の説明や板書を丸写しすることはしないで、ノートに書くとき(アウトプット)には、要点のみを書いたり、自分ですでに持っている情報や知識と結びつけてまとめたりしています。また、問題が解けた生徒が、まだ解けていない生徒に教えるときも、わかりやすく解き方を教えるために再構成してから教えて(アウトプット)いるはずです。

 授業の中で、インプットされた情報や知識を、再構成してアウトプットできる機会を増やしていけば、知識の定着や活用を図ることができるといわれています。書いたり、話したり、議論したり、教えたりすることがアウトプットですので、そのような機会を授業の中でつくり出していくことが知識の定着には役に立っているはずです。

 大切なのは、情報や知識がインプットされるときに、その人が自分事になっているかどうか、つまり能動的になっているかどうかです。もし、インプットの際に、生徒が人ごととして捉えたり受け身であったりすれば、そこには再構成という過程は起こりません。ですから、たとえ書いたり、話したり、議論したりというアウトプットの機会があっても、知識の定着や活用を図ることはできません。

 このように考えると、授業において、最も大切なこと、留意しなければならないことは、生徒が自分事として捉えるような環境、能動的になるような環境をつくれるかということになるでしょう。そのために教師は自分の授業の展開について再検討する必要があると思います。



明和学園短大教授 田口哲男 高崎市羅漢町

 【略歴】県内公立高で37年、理科教育や学校運営に携わり、2018年4月から現職。日本バレーボール協会公認講師。近著「高校生に確かな学力をつける」。同志社大卒。

2019/06/06掲載

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