虫はお嫌いですか すべての命が循環する
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 ぼくは初夏から晩秋まで、北海道の道東地方に拠点を定め、きのこや粘菌(変形菌)やコケなど、いわゆる隠花植物の写真を撮影している。

 ご存じのように、北海道、特に東部では、原始そのままの大自然が、今なお広大な面積で残っている。見渡す限り人工物がまったく見えない風景は、本州の都市部に住んでいる人には想像できないかもしれない。

 大自然と言うと、心が安らぐなど、いいイメージが先行するが、人間にとって不快だったり危険だったりすることも意外と多い。歩道が未整備なので歩きづらいし、ヒグマやスズメバチなど危険な生物も多く生息している。

 ここ数年くらいで、虫を嫌う子どもが増えているような気がする。昔から子どもに限らず大人でも虫嫌いの人はいたが、昨今、その拒絶の仕方が強烈なのだ。虫が嫌いなのではなく、虫が怖いのだ。

 都市部では、里山や雑木林は開拓され、地面はコンクリートとアスファルトで覆われ、公園や畑では農薬や殺虫剤がまかれ、昆虫にとってはすみにくい世界になってしまった。昔に比べたら昆虫と出合う機会が減るのも当然だろう。子どもたちの遊びも、虫採りより室内でのコンピューターゲームが主流だ。

 また、潔癖な人が増えたと聞くが、そういう人は、世に言う「害虫」が目の前に姿を現すことを好まないだろう。虫嫌いの人たちは、虫のことを知る以前に、虫は不快で気持ち悪いものと認識してしまっているのかもしれない。親が極端に虫を嫌うなら、子どももきっと同じではないか。

 ぼくは、きのこや粘菌(変形菌)の存在を知って興味を持ち、虫眼鏡やルーペで観察することで、肉眼では見えない未知の世界と出合い、驚愕(きょうがく)するとともに感動した。虫も同じだ。じっくりと姿を観察すると、美しく、精緻で、芸術的ですらある。虫も自然の一部なのだ。

 虫に限らず、あるものを嫌う人にそれを好きになれというのは難しいだろう。嫌いなものは嫌いでもいい。しかし、嫌いなものの存在を否定するとなると話は別だ。

 害虫と言われるゴキブリや蚊や蠅(はえ)も命を持っている。森を歩いて、きのこを見ると実感するのだが、この地球では、すべての生命、すべての命がつながっている。虫がいなくなれば、虫を食料としていた他の動物にも影響が出る。その動物に影響が出るなら、回り回ってやがては人間にも影響が出るだろう。生物が死んだら、最終的には無機物に分解され、その分子や原子が何らかの命に取り込まれ、別の生を生きる…。

 森の中で、写真を撮影しているとき、大量のヤブ蚊に襲われると、憎悪と嫌悪の感情しか持てないが、その小さな命も無駄にしていいものなどひとつもない。

 人間の世界でも同じだ。



写真家・作家 新井文彦 富岡市富岡

 【略歴】2011年からウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「きのこの話」を連載中。著書に「粘菌生活のススメ」「森のきのこ、きのこの森」など。明治大卒。

2019/06/24掲載

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