月に開く 価値と人、未来の接点
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 「だっふんだ!」。お笑いタレント・志村けんさんの代表的なギャグである。志村さんは東京・東村山市が輩出した著名人の筆頭だ。市民は彼の存在を、もはや文化や産業の一つとして捉えている気がする。少なくとも、東村山出身の僕はそうだ。

 月に開くをオープンする前、市場調査を兼ねて前橋で飲み歩いた。文学や詩に携わる人々以外、つまり大多数の前橋市民の方に、「萩原朔太郎をコンセプトにしたカフェバーを始めたい」と話すとどんな反応をされるか? そもそも、朔太郎は前橋市民にとってどんな存在なのか? 確認したい思いがあったのだ。

 酒場で出会った多くの方は、「確か教科書に載ってた」「名前は知ってる」という反応だった。前橋生まれ・在住という20代女子は、朔太郎の存在すら知らず、スマホで肖像を見せると「わー、イケメン!」と歓声を上げた。

 単純に比較することはできないが、東村山で通行人に「だっふんだ!」と言えば、ほぼ100%伝わるのとは違い、前橋で「おわあ、こんばんは」(「猫」。『月に吠える』より)と聞いて理解してくれる人はどれくらいいるのだろう。月に開くは前橋の人々に受け入れてもらえるのだろうか、と不安がよぎった。

 開店後は、想定内と想定外のことがあった。前者は、本や朔太郎好きの人が訪れてくれたこと。後者は、お店のコンセプトに関係なく、地元の人が憩いの場として使ってくれたことだ。もちろん、どちらもうれしいことである。

 特に印象的だった出来事があった。1人の青年が、「本は全然読まないんですが…」と、恐る恐るという感じで入ってきた。全く問題ないことを告げ、雑談をしていると、朔太郎の詩を読んでみたいという。詩集を差し出すと、青年は夢中になり、1時間近く読みふけっていた。

 「めちゃくちゃ面白い、こんな世界があったのですね」。目を輝かせてそう話す青年を見て、僕は改めて気づいた。朔太郎をよく知らない方、詩や文学を読まない方はたくさんいる。けれど実際に触れることで、心を動かす可能性は大いにあるのだと。大事なのは「接点」なのだ。

 多様なコンテンツがあふれる現代において、詩や文学はメジャーと言えないかもしれない。スマホやタブレットが普及し、紙の本もすたれつつある。けれど、そこにしかない価値を、接点として現代の人々に伝え続けていくことが、月に開くの使命の一つだと思っている。

 数百年後、エンタメの世界も大きく変わっているだろう。東村山でも、志村さんのことを知らない人が増えているかもしれない。そんな人々がバカ殿様や変なおじさんを見て、「面白いじゃん!」と感銘を受けたらきっとうれしい。僕がしたいのは、そういうことなのだ。



ジャーナリスト・ブックカフェバー「月に開く」店主 肥沼和之 東京都新宿区

 【略歴】新宿ゴールデン街でブックバー「月に吠える」を経営。萩原朔太郎に魅了され2018年春、前橋・弁天通りにブックカフェバー「月に開く」を開く。東京都出身。

2019/07/09掲載

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