群響と奏でた30年 音楽の持つ比類なき力
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 私は30年間、群馬交響楽団でバイオリン奏者としてお世話になり演奏を続けてきました。長年の演奏に携わる中で、さまざまな体験・経験をしてまいりました。感動的なものやドキッとしたことなど、いろいろなことがありました。

 いくつか挙げてみます。20年以上は前のことだったと思います。前橋市にある群馬県民会館(現在のベイシア文化ホール)で、たしか落雷の影響だったと記憶しているのですが、ホールが全て停電で真っ暗となってしまい、オーケストラの演奏が途中で止まってしまいました。お客さまも突然のハプニングに動揺しているのが暗闇の中の空気から感じられました。

 そんな中、メンバーの発案でモーツァルト作曲の有名なアイネ・クライネ・ナハトムジークを楽譜が見えない中で演奏をすると、たくさんの拍手が客席から起こり、しばし暗闇の不安が払拭(ふっしょく)され、ホール内の雰囲気が和らいだことがありました。

 近年では、東日本大震災直後の2011年6月、宮城県気仙沼市の中学校での演奏が思い出されます。校舎の壁に津波が到達した跡がくっきりと残っていて、さらには復興活動中の自衛隊員の寝泊まり用テントが校庭中に張られている状況でした。

 そんな中、われわれの演奏を真剣に、そしてすてきな笑顔いっぱいに聴いてくれました。音楽を聴いて少しでも生徒さんの力になればと思っていたのが、被災しているにもかかわらず、元気にたくましく学校生活を送っている姿をみて、逆にこちらが勇気づけられました。

 そして中でも最も心に残るというか、体中でその感覚が刻まれているのが、小澤征爾さんの指揮による演奏です。小澤さんの指揮ぶりから発散するエネルギーというかオーラが、演奏しているわれわれだけでなく客席にも伝わって、文字通り会場全体が一体となって盛り上がった演奏会でありました。

 私は群響で3回、小澤さんに指揮していただきました。うち1回は、群響の創立・草創期の中心人物であった丸山勝弘さんの告別演奏会で、バッハ作曲「G線上のアリア」の追悼演奏でした。コンサートとはまた違った、心に深く染み入る響きを生んで、お恥ずかしい話ですが涙を流しながらバイオリンを弾いた覚えがあります。小澤さんも泣きながら指揮をされていたと記憶しています。若かりし頃、群響を指揮した時に丸山さんに大変お世話になったというご縁から追悼の演奏を自ら申し出たとのことでした。

 音楽・演奏には、その時々のシチュエーションによって、聴く人間や演奏する人間に言葉以上に何かを伝え訴える力、そして突き動かす力があると思います。人々が幸福になる、また心豊かになるとても重要なポイント、ツールであると考えます。



群馬交響楽団常務理事兼音楽主幹 渡会裕之 高崎市中豊岡町

 【略歴】群馬交響楽団で30年間、バイオリン奏者として活躍し、2018年4月から現職。東京都出身。中之条一中、渋川高時代に移動音楽教室を体験。国立音楽大卒。

2019/07/12掲載

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