アニメーター ゼロから世界作り出す
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 私の最初の職業はアニメーターでした。今のNHKの朝ドラ「なつぞら」での主人公の仕事です。

 アニメーターは絵を描く仕事です。本で読む絵ではなく、テレビや映画館で見る映像を作ります。パラパラ漫画のように少しずつ動いている絵を、月に500枚くらい描いていました。

 1年間専門学校に通い、試験を受けて16人くらいのスタジオに入りました。壁に向かって作画机が並んでいます。机にはガラスが張ってあって下に蛍光灯があり、重ねた紙を透かすことができます。

 初任給は3万円でしたが、そのうち月18万円くらいになり生活はできました。出来高制なので簡単な仕事ばかりならもうかるのですが、スタジオの仲間と仕事を分けるので、簡単なカットと面倒なカットが均等になり、収入はあまり変動しません。だいたい二つの作品を掛け持ちして、半月交代くらいでこなしていました。

 役職として「動画」はアシスタントみたいなもので清書と絵と絵のつなぎの絵を描きます。「原画」は動きのポイントを描き自分の演技を出せます。はじめは派手な戦闘シーンが好きでしたが、次第に人物や自然の動きが描けるようになると違った楽しさが生まれます。火や水に演技させることができるのもアニメならではの面白さです。馬の動きが描けるようになった時も楽しかったです。

 カットをもらったら「レイアウト」を描きます。画面の設計をするカメラマンと美術と大道具を合わせたような仕事です。おおまかな動きも付けて提出して、演出家のOKをもらったら作画開始です。

 表現を工夫することもあります。ある作品で目に留まる表現があるとまねをした表現がはやったりします。

 よい動きを描くには、絵がうまいだけではなく重力とか反発などの物理法則を踏まえた上で、気持ちのいいタイミングを表現したりします。日頃から周りをよく観察し、とことん考えます。

 つらいこともあります。仕事が評価されないと「へたくそ」「田舎に帰れ」など提出した絵に書かれて返ってきます。でも同じ時期に「うちで働かないか?」と誘われたりして、人の評価なんていいかげんなものだと思いました。

 リテークで返ってきた仕事には自分を捨てて取り組みます。ダメと言われてからがプロです。また、仕事が遅くても「早くして」とせかされません。テレビは毎週放送しなければならないので、引き揚げられて他の人に撒(ま)かれちゃいます。

 仕事を辞めたのは情熱が次に移ったからです。同じようにゼロから世界を作れる仕事、プログラマーの道へ進むことになります。



ITプログラマー 藤枝哲哉 太田市矢場新町

 【略歴】アニメーターなどを経てフリーのプログラマーになり、2013年にエールクリエイティブを設立した。県内のIT系のNPO法人でも活動中。太田東高卒。

2019/07/22掲載

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