トイレからの学び 社会映し、心育て磨く
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 ほとんどの人が、毎日使う場所、それはトイレです。今回はトイレから学んだことを三つ紹介します。

 一つ目は、【トイレは社会を映す鏡】だということです。一昔前の公共トイレには「汚さぬよう使ってください」と命令型の張り紙がありました。今では「いつもきれいに使って頂きありがとうございます」と感謝型になっています。そのトイレを初めて使う人でも、褒められているようでこそばゆく、汚すまいという気持ちになります。日本の社会は、公共物の利用者を信頼し、柔らかい言葉を使う傾向になってきています。

 トイレは本来、排せつの場です。しかし、数年前から「便所飯(ぼっち飯)」と言って食事の場として使う者も現れました。これは、お昼を一緒に食べる人がおらず、それを周りに悟られるのが嫌で個室にこもり、独りぼっちで食べることを意味します。人付き合いが苦手で、他人からどう見られているか気にしがちな若者気質を表しています。

 二つ目は、【トイレは思いやりの心を育てる場】だということです。多くの学校では、上履きからサンダルに履き替え、用をたします。授業に遅れてしまう、もともとそろっていない等の理由でサンダルがあっちこっちに向いてしまいます。サンダルをそろえることは、たった数秒でできる次の人への思いやりです。

 トイレで一番困ることは、ペーパー切れです。担任した高学年の学級で、①と②では、どちらが次に使う人への思いやりがあるか、話し合いました。ペーパーホルダーは一つです。①ペーパーは、使い切ったら、新ペーパーに換える。②ペーパーは、残り1回使用分位を残しておく。

 結果として、「①も②も次の人のことを思いやった行動だ」という意見が大多数でした。一方、「①は、ペーパーの無駄使いに注意すべきだ」「②は、1回使用分は人によって違い残す分量が難しい。次の人が使い切り、新ペーパーに換える場合は①より思いやりに欠ける」という少数意見もありました。トイレを舞台とし、思いやりについての白熱した議論がなされました。

 三つ目は、【便器磨きは、心磨き】だということです。小学校では、トイレ掃除は臭い・汚い・暗いの3Kから敬遠されることがあります。そんな折、黙々と男子便器を磨いている班がありました。観察すると、六つの便器に人の名前をつけ、語りかけながら磨いていたのです。「ダイちゃん、今日は大分活躍したね。僕がきれいにしてあげるよ」と。子どもたちの純真さに触れ、心が洗われる瞬間でした。

 母は、私の妊娠中、トイレ掃除はお産を軽くするよ、と話してくれました。その言葉通り、2人の娘は安産でした。Jポップ「トイレの神様」のように、トイレは、時代とともに移ろい、私たちに多くを教えてくれるのです。



群馬医療福祉大教授 時田詠子 高崎市上豊岡町

 【略歴】小学校教諭・教頭、県教委指導主事を務めた後、群馬大、早稲田大の両大学院で教育学を専攻。2016年から現職。理論と実践を融合した小学校教員養成に携わる。

2019/08/11掲載

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