「一人ではない」 家族会を知ってほしい
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 「家族会を設立します」。この宣言にも似た発言は、2006年3月1日、県議会一般質問で「若年認知症対策について」県の施策をただした際に、発したものである。「わが妻のみならず、若年性認知症に侵された県民がいるはずだ。筆舌に尽くし難い日々を余儀なくされている方々と苦悩を共有し、少しでも安寧な生活が営めるようにしたい」。そんな思いが私を揺り動かした。公言した以上は、後戻りできない。

 直ちに、知事はじめ担当部課との折衝を開始した。群馬県こころの健康センターが相談窓口である。当時の宮永和夫所長は、若年性認知症に対して、日本のリーダー的存在であった。さらに、幾つかの都県で家族会を設立された実績を積み上げてこられた。群馬でも家族会を設立する構想をお持ちだった。

 絶好のタイミングを得た。わずか3カ月後の6月28日、こころの健康センターで産声をあげた。センター内の会場が満席となった。数多くの報道機関も取材に見えた。内に向かっては、会員の孤立を防ぐ。外に向かっては、社会啓発活動と位置付けた。

 設立総会では、みんな初対面。自己紹介に至った際、なんと、介護人である夫が疲弊しきった表情をしていた。この局面に接したとき、介護人の共倒れ防止も最重要課題であると強く意識した。

 会の名称を「若年認知症ぐんま家族会」とした。会の目的は、若年認知症家族同士の交流により、本人と家族の安息と心豊かな生活づくりを目指して、専門治療や福祉・介護等の充実を図るための活動を行うと定めた。事務局(センター職員)から提案されたすべての事項が承認された。

 当初、定例会は隔月の第4月曜日に開催することで承認された。その後、会員の要望に沿って、毎月第3月曜日午後1時30分から、こころの健康センターで開催してきた。定例会では医療や介護の専門職による研修、会員相互による介護体験交流をしてきた。

 初めて参加した家族は、涙して苦悩の状況を話される。「何を聞いていいか分からない。どこへ行ったらいいか分からない」と会員が必ず言う。そして「私一人でなかった」と。

 設立して13年を経過した。一昨年、家族会運営に対する県の支援が大幅に見直され、自主運営に方針転換した。昨年度の総会で「自立元年」と位置付けた。しかし、企画・立案、研修テーマ、講師の選定と依頼、周知文書の作成・送付、対外的活動など、運営のありとあらゆる業務が会長の任務となった。

 若年性であるが故に家族も支援者も現役である。みんな自分のことで精いっぱいという状況下で、会長は専従に等しい。妻をみとるまで。会の存続のために病床に伏すことは許されない。



若年認知症ぐんま家族会会長 大沢幸一 桐生市三吉町

 【略歴】2004年、55歳の妻がアルツハイマー病と診断される。06年に家族会設立、17年会長。著書に「妻が若年認知症になりました」。元桐生市議、県議。桐生工高卒。
 
2019/08/21掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事