5年ぶりの日本の夏 外国人と心通わせよう
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 今年夏は、私にとって約5年ぶりに味わう日本の夏だ。5年という期間は、短いようで長いため、変化した地元を見ながら浦島太郎のような気持ちになっている。私が一番驚いているのは、日本にいる海外出身者の多さだ。高校生の時、上越線の車内で外国人を見る機会は少なかったが、今では電車に乗る度に日本語以外の言語が聞こえてくる。

 総務省が今年7月に発表した人口調査によれば、史上初めて外国人の割合が全人口の2%を超えた。人口に占める在日外国人の割合では、群馬県が全国3位となっている。そのためか、県内にいながらも英語や中国語・韓国語・ベトナム語・タイ語などの表記が目に入ることも以前と比べて格段に多くなった。観光客とは違い、異国の地で生活をするのは現地の人たちが気づかない所での苦労や驚きが絶えないと思う。

 普段、外国人としてアメリカに暮らしている私は、今までに何度か「ニーハオ」と話しかけられることがあった。アメリカ人の中には、中国人、韓国人、日本人を識別するのが苦手な人が多く、私のことを観光客だと思って英語以外の言語で話しかけてきたのだろう。特に悪気があったわけではなかったのだと思うが「私は日本人なのにな」と心に引っかかる経験をした。

 そのような話を5年以上日本に住んでいるフランス人の友人にしたところ、彼女は同じような経験を日本でしているという。日本語が不自由なく話せる彼女は、日本人離れした顔立ちから、日本では「ハロー」と声をかけられることが多くある。彼女いわく、日本語を一生懸命に勉強している外国人、ましてや英語を母国語としていない外国人に対して英語を使われると「日本文化に受け入れられてもらえない」と悲観的に捉えてしまうこともあるという。

 日本人が外国人に対して親切なつもりで発している言葉や挨拶は、時に外見だけで相手を判断し、不快に思わせていることを知った。それ以降、私は日本で外国人に話しかける時は、いきなり英語を使わずに「こんにちは」と挨拶をするようになった。

 近年の日本では、積極的な外国人の受け入れにより、法改正や新たなビジネスの整備が進められている。そのような形あるものだけの整備だけではなく、これから私たち日本人が在日外国人に対してそのような心構えで接し、情報共有ができるかという無形なものについて考え直す必要があると考えている。

 在日外国人の増加など国際化の波がこれまで以上に押し寄せてくる中で、日本は守り続ける部分は守り、変えていかなければならない部分は改善していかなければならない。日本が持つ美しさや伝統が変わらないために私たちは変わり続けなければならないのだ。



コーネル大農業・生命科学部学生 沢浦えくぼ 米ニューヨーク州

 【略歴】共愛学園高を卒業後、米国オレゴン州ポートランドに留学。現在、コーネル大で農業ビジネスを中心に勉強中。食で世界中を幸せにすることが夢。昭和村出身。
 
2019/08/22掲載

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