イオンビーム育種 農業振興に役立つ技術
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 農作物の品種改良には突然変異という手法が広く利用されています。突然変異は、生物の遺伝子や染色体の構造が変化して、親と異なる形質が生じる現象です。枝変わりは自然に起きる突然変異で、この枝を挿木や接木で増やすことで、これまでにバラ、キク、チューリップ等の花卉(かき)類や、ミカン、リンゴ等の果樹類で多くの新品種が作られてきました。

 放射線を用いて人為的に突然変異の頻度を高め品種改良に利用する技術を放射線育種と言います。日本では1960年代以降、ガンマ線を用いた育種研究が盛んに行われ、風が吹いても倒れにくいイネ「レイメイ」や収穫量が多いイネ「アキヒカリ」、黒斑病に強いナシ「ゴールド二十世紀」などが作出されました。純白のエノキタケも、放射線育種で褐色にならないよう改良されたものです。

 90年代にガンマ線の代わりにイオンビームを用いたイオンビーム育種技術の開発が進められ、現在では極めて有効な品種改良手法として注目されています。イオンビーム育種の特長として①突然変異率が高いこと②変異の幅が広いこと③目的とする形質だけのワンポイント改良に適すること―などが挙げられます。本技術の適用により、従来法で得られなかった新しい変異種が数多く作出されています。

 具体例としてキクの品種改良を紹介します。切り花品種として有名な「神馬」は育成時に側枝が多く、その除去に大変労力がかかっていました。これをイオンビーム育種で改良し、側枝を少なくした新品種が「新神」で、農家の労力低減に大きく寄与しています。さらに、「新神」にもう一度イオンビーム照射することで、低温で開花が遅れる欠点を克服した新品種「立神」、「冬馬」が創出され、日本中に種苗が供給されています。

 ごく最近ではキクの花弁の形や色をイオンビームで改変し、先端が割れているような形をしたかがり弁という華麗な花びらを持つ輪ギクが開発されました。これによりキクの用途が拡幅し、ブライダルなど洋風のイベント等への利用が期待されています。

 植物の他、イオンビーム育種は麹(こうじ)菌、酵母などの微生物にも応用が広がっています。地元群馬の清酒酵母の品種改良を例に挙げると、地域で育成されていた清酒酵母にイオンビームを当てて改良することで、吟醸香が強く醸造適性に優れた新酵母が作出されました。この群馬の新酵母と群馬のコメ、群馬の水を使ってオール群馬の酒が造られ、毎年販売されています。

 日本は突然変異を利用した品種改良の先進国です。イオンビーム育種などの世界をリードする技術も保有しています。当該技術の開発・利活用に一層力を注ぎ、私たちの暮らしや農業、産業の振興に役立ててほしいと思います。



量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所所長 伊藤久義 高崎市綿貫町

 【略歴】1987年に日本原子力研究所(現量子科学技術研究開発機構)入所、高崎研究所配属。2016年から現職。工学博士。専門は物質・材料科学。茨城県出身。
 
2019/09/07掲載

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