県境なき地域学⑥ 文化財情報は鳥の目で
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 文化庁等が主催する埋蔵文化財速報展「発掘された日本列島2019」が6月から、東京都江戸東京博物館を皮切りに巡回で開かれている。本県からは国の指定史跡に答申された戦国時代の真田氏の岩櫃城跡(東吾妻町)の出土品と、1783(天明3)年の浅間焼けの泥流の下から発見された村、東宮遺跡(長野原町)の出土品が出品されている。

 群馬に所在する何らかの文化財や美術品は、ほぼ途切れることなく、必ず全国どこかの博物館・美術館の企画展等に出品されているとみてよい。常設展示の中で群馬の歴史や文化を取り上げている施設もある。しかし、それが県民に知らされることはあまりない。

 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では群馬が残し伝えてきた歴史や文化の一端を、アジアや列島の視野で展示している。例えば、今年リニューアルした先史・古代展示室では、高崎市綿貫観音山古墳の埴輪(はにわ)と副葬品、前橋市山王廃寺跡の出土品が取り上げられた。中之条町出土のハート型土偶や上野三碑もある(いずれも複製品)。

 民俗展示室では、群馬・栃木・埼玉と湖国滋賀県との絆に注目する。ここが同県日野町出身の日野商人の出店特異地域だからだ。「日野屋」や「十一屋」の屋号になじみのある県民もいることだろう。

 埼玉県立歴史と民俗の博物館(さいたま市)の民俗展示室では、高崎市の榛名神社と板倉町の雷電神社に関する資料が展示されている。どちらも雨乞いの信仰だ。群馬・埼玉県域には榛名神社に詣でて雨乞いの獅子舞を奉納する地域がある。埼玉の人々は群馬を恵みの雨をもたらす地域として、伝統的に北西方向を意識しながら暮らしてきたのだ。

 新田義貞を「歴史に名高い」郷土の先人と誇るのは群馬県民ばかりではない。福井県民も大の義貞びいきである。福井県民は越前国(福井県)を拠点に足利尊氏と戦う義貞を支援した歴史に誇りを持つ。さらにそこで最期を迎えた義貞の悲運に心を寄せる。

 このことは、福井県立歴史博物館、福井県立こども歴史文化館、福井市立郷土歴史博物館(いずれも福井市)の常設展示を見れば納得していただけるだろう。ただ、義貞が群馬出身であることが解説されていないのが残念なのだが。

 多くの県民は県内に所在する文化財や美術品が県外や海外に運ばれ、あるいは複製品が製作されて展示されていることをあまり知らない。知っていれば、現地に行って群馬を外から客観的に見ることができる。それがかなわない人のためにも博物館・美術館、自治体や報道機関は、こうした群馬の文化資源が県外でどう活用され、評価されているかをリアルタイムで知らせてほしい。群馬の文化的価値は、県境を開き、鳥の目をもってこそ初めて自覚できると考えるからだ。



県立女子大群馬学センター准教授 簗瀬大輔 伊勢崎市太田町

 【略歴】専門は日本中世史。県立歴史博物館を経て2018年から現職。群馬大非常勤講師。著書に『関東平野の中世』など。伊勢崎東高―国学院大。博士(歴史学)。
 
2019/09/15掲載

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