中之条ビエンナーレ 見て感じたこと教えて
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 現代アートの祭典、中之条ビエンナーレ(23日まで)で工房あかねの作品も展示されている。

 展示は「わがんまアート」と題され、町民アートプロジェクトの一つとして扱われている。地元で活動するなかんじょアートミーティングにスペースを分けてもらっての参加となった。

 中之条町手をつなぐ育成会が主催するなかんじょアートミーティングは月1回、障害をもっている人たちが創作活動する場を設けている。私も一度だけ見学したが、いろいろな年代の人たちが集まって大きな紙を床に敷いて描いたり、書を行ったりしていた。描きたい、作りたい、というエネルギーがある場はやはり気持ちがいい。

 工房あかねが協力をお願いし、今回桐生のあめんぼと足利のルンビニー園の作品も出している。小さい規模で、大きくは目立たないけれども地道な活動を続けて支えている団体こそ尊いと思う。

 会場はメインエリアにはあるが目立つ場所ではない。見て回るのに忙しいお客さんが多いので、パスしたり入り口で引き返してしまう人もいるようだ(それでも、今まで主催してきた展示会のお客の数とは桁違いだが)。このちょっと知る人ぞ知る作品展みたいになっているのが、障害者アートの立ち位置と似ている気がする。面白さが多くの人にはまだまだ発見されていない。

 ネットでお客さんの反応をざっと調べていた時に、子どもが描いた作品だと勘違いしている人がいた(説明文が少なく、会場が旧幼稚園のせいもあるだろう)。現代アートはわからないけど、ここは面白いと言われることもあったようだ。好きを追求した作品が多いので、分かりやすくはあるかもしれない。

 水玉で有名な草間彌生が統合失調症であることは有名だが、障害者アーティストとは呼ばれない。現代アートの作品を見て、この人も何か抱えてそうだと思うことはよくあることだ。

 子どもの絵や、現代アートとの違い(もしくは同じなのか)を考えようと思ったが、現代アートの定義を調べ始めたら分からなくなってきたので、今回は諦めた。

 障害のあるなしにかかわらず、作品を見てもらいたいという目標はある。何十年か先、他の作家と並列で評価される時がきたらうれしい。しかし展示しているのは福祉の中から出てきた作品、という視点も大切にしたい。たとえ世間が評価しなかろうと、最終的に捨てられて忘れ去られる運命の作品であろうと、その人が存在する証しだ。

 「なぜ人は創造的活動をしたがるのか」という根源的な問いを、彼らの作品を見ていると感じることがある。機会があれば作品をご覧いただき、感じたことを教えてほしい。



NPO法人工房あかねアトリエART・ON支援員 上野理津子 高崎市大沢町

 【略歴】2013年、障がいを持っている人たちの芸術活動を支援する「NPO法人工房あかね」に入職。半年後より現職。高崎女子高―金沢美術工芸大芸術学専攻卒。

2019/09/20掲載

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