次代へのプレゼント 平和が当たり前な世を
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 私が小学校へ入学する前の幼児期は、戦争の真っただ中だったので、食べる物、着る物、おもちゃ、絵本など、なかなか手に入らない「ないない尽くし」の生活でした。20歳以上の若者や働き盛りの父親たち男性は、徴兵制により戦場に征(い)き、どこを見回しても不足だらけの貧乏が当たり前の毎日でした。

 1945年に戦争が終わり、その後「日本国憲法」が定められ、日本は戦争をしない国になりました。74年後の現在は、物質的に豊かになり、科学、医療などの進歩発展は素晴らしく、戦争中と比べれば夢のようです。しかし、いじめ、虐待、DV、貧困、格差、麻薬、環境、経済、労働など広い範囲にわたり、新たな課題が出てきています。

 また、自然災害が次々発生し、阪神淡路の地震にはじまり、東日本、北九州、西日本、北海道など各地で、大きな被害を受けました。宇宙にロケットを飛ばし、人工知能(AI)やロボットなど、科学が進歩しても自然の力にはかないません。

 でも、戦争は人間が始めることだから、戦争をしなければ、みんなが苦しむ悲惨なことは避けられるのです。

 戦争中幼かった私は、なぜ戦争をしているのか、いつまで続くのかなどの疑問を持つこともなく、貧乏が当たり前の環境の中で、子どもなりに毎日を過ごしていました。学校や社会で、日本や世界の歴史、国家や戦争の仕組みなどを学んでいくうちに、戦争をしないで平和を守るために私のやるべきことは何だろうかと考えるようになりました。

 それは爆弾が落ちる中、逃げまわった怖くて恐ろしかった体験を、戦争を知らない周りの人たちに語り、平和の大切さを訴えていくことだと気付きました。

 誰もが幸せな、戦争のない平和が当たり前といえる世の中にするためには、私たち一人一人が、世の中の動きをしっかり見つめ、それぞれが置かれた場で努力していかなければなりません。

 生きていくために最低限必要なものが保障され、ごく普通に食事ができ、学校や仕事に行き、健康で心穏やかに暮らしたいのです。夕暮れの畑で、神に感謝の祈りをささげている農夫婦を描いたミレーの絵画「晩鐘」のような平凡な暮らしこそ大切だと思います。

 自分は何もせず、面倒なことは人任せ、政治家任せで、結果が悪くなった時、文句を言おうと思っても手遅れです。と言っても、権力も何の力もない私にできる唯一最大の意思表示は、各種選挙の投票に行くことなのです。

 一人の力は小さくても、みんなの平和への思いを結集し、戦争のない平和が当たり前という世の中をつくり続け、未来を担う子どもや孫たちへの最大のプレゼントにしたいと思っています。



きりえ作家 飯塚照江 前橋市大利根町

 【略歴】1939年生まれ。6歳の時に終戦を迎える。きりえ作家として活躍する傍ら、元保育士の経験を生かし、教育や子育てについての講演を行う。前橋女子高卒。
 
2019/09/22掲載

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