県境なき地域学⑦ 今こそ問う、郷土とは
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 私は埼玉西武ライオンズ党である。その日は千葉ロッテマリーンズとの試合だった。千葉の中堅荻野選手が、あわやフェンス直撃というフライを見事にランニングキャッチした。その瞬間、敵も味方もなく、敬意と称賛の拍手が沸き起こるはずだった。しかし、埼玉ファンは冷たかった。

 ラグビーワールドカップで日本中が沸いている。オフサイドのある英国生まれの球技の中でも、スローフォワードを禁じ、試合終了をノーサイドと宣言し、全員と抱擁を交わすラグビーは特に紳士的だ。封殺・盗塁・振り逃げを認める米国生まれの球技とはどこか違う。

 さらに感心するのは、ナショナルチームの選手に当該国籍を要件としないことだ。何年在籍しても、まったく日本語を覚えようとしない外国人を容認するプロ野球とは、明らかに文化が違う。

 長崎五島生まれの父は、終(つい)の住処(すみか)となった伊勢崎の風土を情緒がないと嘆いた。それでも、毎日赤城山をめで、関東の黒ボク土を耕し、週末に大沼でワカサギを釣り、そして上州の土になった。東シナ海の倭寇(わこう)の末裔(まつえい)は、境界や異文化に実に寛容だった。

 さて、埼玉ファンはなぜ千葉のファインプレーに拍手を送れなかったのか。国際ラグビーはなぜ国籍にこだわらずにいられるのか。私たちは、いま暮らすこの土地や風土に対して、何を契機に愛情を抱くのだろうか。

 学校で道徳が教科化された。その学習指導要領には「郷土愛」や「愛国心」の語が目立つ。学校教育は明治の学制以来、常にナショナリズムとは一体だ。では、私たちは学校教育という国家的なしかけがなければ、地域や国を愛する心を育めないのだろうか。

 そこで提言がある。群馬県にライオンズのフランチャイズ申請をしてほしい。埼玉県は排除しない。球団名は、「群玉西武ライオンズ」とする。そうなれば、茨城県も黙っていないだろう。必ずや「ちばらきロッテマリーンズ」が誕生するに違いない。いずれ、開かれた県境の上に新しいアイデンティティーが芽生えるだろう。そして、閉鎖的な「共同体愛」と決別し、多種多様な「地域愛」を認め合う共生の社会が生まれたらよいと思う。

 歴史上、実にさまざまな「できちゃった国家」と「できちゃった地域」がこの列島で生まれ、それに対応したナショナリズムとローカリズムが何度も更新されてきた。今あるのは、その最新バージョンに過ぎない。だから、学校での道徳教育は、郷土愛や愛国心を規範化したり、目的化したりせず、地域愛と共生の観点から常に検証を心がけてほしい。心はいつも「千の風」なのだ。

「鶴舞うかたちの中で/語らないでください/そこに私はいません/県民なんかいません/雷(らい)と風に/雷と風になって/この大きな空を/吹き鳴らしています」



県立女子大群馬学センター准教授 簗瀬大輔 伊勢崎市太田町

 【略歴】専門は日本中世史。県立歴史博物館を経て2018年から現職。群馬大非常勤講師。著書に『関東平野の中世』など。伊勢崎東高―国学院大。博士(歴史学)。

2019/10/28掲載

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