看取りを語ろう 結果よりも過程が大事
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 看取(みと)りについて、誰かに話をしたことはありますか? 

 死ぬとは死ぬまで生きることであり、生き方を考える前向きな話です。話をすることで、つらい気持ちを少し手放すこともできます。

 私が開催した看取りを語る会の参加者の感想です。

 「普段、自分の話をオープンに話す場が少ないので、恥ずかしながらボロボロ泣いてしまいました。これから改めて母と過ごす一日一日、一瞬一瞬を大切にしていこうと思います! もっと多くの人がこの場を経験できたらいいなと思いました」(学生)。

 「看取りはチームで行うこと、自分一人で背負うことはないことを改めて人から伝えられて、気持ちが楽になった」(介護士)。

 「一つ一つの事例に、ああそれはできていた、これもできていたと答え合わせをしているような感じでお話を聞くことができました。家で最期を迎えることを希望し、家族も医療関係者も、犬も力を合わせて娘を見送ることができました。病気が分かって亡くなるまでの5年間、毎日がドラマチックでした。生きようとしていた姿勢がありがたかったです」(主婦)。

 話をすることで、看取りに向き合うことができます。実際にイベントに参加した後に家族を看取られた方から「看取りの準備をしていたから、穏やかに母を見送ることができました」とお礼の連絡をいただいたことがあります。

 すでに看取りを終えられてから参加した人で「看取りに後悔しかなかったけど、いろいろできていて、私の看取りは最高だったと看取り直しすることができました」と言ってくださった方もいます。

 自分の話をすること、他の人の話を聞くことで、自分自身で自分なりの落とし所が見つけられたのだと思います。

 どんなに準備をしていても、後悔をゼロにはできません。「あのときああしておけば」と後悔する人は大勢います。「あのときああしておけば」というのは、結果が分かっている今だから言える言葉。「あのとき」には誰にも結果は分からなかったのです。結果が分からない中で、そのときはそのときでベストと思えることを選択したはずです。

 結果重視では、人生がギャンブルになってしまいます。結果で悩むのではなく、そのときそのときの話し合いの過程を大事にしてほしいです。「あのときああしておけば」はその時にその選択をした人を深く傷つけ、その後の人生に影を落とす呪いの言葉。自分に呪いの言葉をかけないように。人に呪いの言葉をかけないように。

 もし今思うような結果になっていないのであれば、それは誰かが悪いわけではなく、病気や老化の方が一枚も二枚も上手(うわて)だっただけなのです。

 看取りを1人で悩んでいませんか? あなたも思いを吐き出しに来ませんか?



看取りコミュニケーション講師、看護師 後閑愛実 太田市内ケ島町

 【略歴】看取(みと)りコミュニケーション講師として2013年から研修や講演活動を行う。著書に「後悔しない死の迎え方」。埼玉県上尾市出身。群馬パース看護短大卒。

2020/03/06掲載

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