存続の危機超え 改良重ね醤油を未来へ
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 関東で使われる主な醤油しょうゆは本醸造のこいくちです。こうじ菌をはじめとする微生物を利用して醸造で作られます。味だけでなく香りや色も楽しむ嗜好しこう品の側面もあります。そんな醤油にもかつて存続の危機がありました。

 醤油は原料のタンパク質を酵素でアミノ酸に分化して作る調味料ですが、一方で酵素の代わりに塩酸などの強酸で分解して作るアミノ酸液があります。1948年、連合国軍総司令部は調味料用の大豆原料の配分を醤油2対アミノ酸液8と内定しました。醤油の製造には約1年を要することと利用効率の悪いことが根拠でした。

 この短所を克服すべくマイルドな酸分解を取り入れた醸造法が発明され、醤油7対アミノ酸3の配分に挽回されました。当時調味料需給の担当者であったアップルトン女史の伝統的な醸造醤油への深い理解が幸いしたといわれています。発明は無償で公開され、醤油業界は存亡の危機から救われました。

 大切な資源を有効に使う例として第1次世界大戦下、イギリスに食料封鎖されたデンマークとドイツの対応が対照的です。デンマークの栄養学者、ヒンドヘーデは肉食を避けた少タンパク質食を実践していました。食料封鎖されたときに要職にあったヒンドヘーデは自らの栄養学を実践しました。

 畜産物1キロを得るために必要な飼料穀物量(トウモロコシ換算)は牛肉11キロ、豚肉7キロ、鶏肉4キロ、卵3キロと言われています。畜産物に変換することなく穀物を直接摂取した方が効率が良いということになります。飼料穀物を輸入に頼る酪農国だったデンマークを2年間、国産食料だけで持ちこたえさせただけではなく、死亡率の低下などデンマーク人に健康増進をもたらしました。

 一方、ドイツでは家畜の飼育が続けられましたが、途中から食料確保のために家畜を殺す対応をとったことで一層の困窮を極め、多くの餓死者を出しました。体の筋肉はタンパク質から成り立つ、だからタンパク質を摂れば栄養になる。肉は肉になるという分かりやすい理論ですが、カロリーベースで計算して高タンパク質摂取を説く近代栄養学の父、フォイトの呪縛からはいまだに逃れることができていないのかもしれません。

 醤油の原料である大豆は直接的に食べられることが増えてきました。豆乳はブームを超えて定着し、食べ方の広がりも見せています。動物由来の食材や成分を使わない「ミートレス」の取り組みも広がっています。植物肉・代替肉を使ったハンバーガーの発売も珍しいことではなくなり、家庭用の販売も盛んです。

 食べ物に限らず、その時々の事情や時代背景と盛衰をともにするのが世の常ですが、良いものは改良を加えて継承されてゆくのでしょう。



正田醤油発酵研究所所長 笠原貢 栃木県佐野市

 【略歴】正田醤油館林工場長を経て、2007年から現職。日本醤油協会「しょうゆもの知り博士」。専門は応用微生物学、醸造学。藤岡市出身。高崎高―岩手大卒。

2020/06/21掲載

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