ある夫婦の最後の会話 さようならを言うには
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 人生を卒業するとき、あなたはお別れの言葉を伝えたいですか? もしそのときになったら、と想像しながらお読みいただけると幸いです。

 私は療養病棟で看護師をしています。患者さんが亡くなった後、悲しみよりも夫婦の生きざまの素晴らしさに、失礼ながら感極まって涙が出てしまったお話をします。

 肺がんで入院していた70代男性の患者さんから、朝5時頃ナースコールがありました。病室に行くと、真っ青な顔をして横になっています。トイレに行った後、急に息苦しくなったそうです。医師を呼び診察してもらいました。検査の指示が出て、準備をしようとしたところ、患者さんに「そんなことより、家族を呼んで」と言われました。死期を悟ったのかもしれないと感じ、家族に電話をしました。

 助けるためには人工呼吸器をつけなければならない状況でした。医師が本人と家族に説明をします。本人も家族も、がんがわかったときに、事前に話し合いをしていました。延命治療はしないと。

 患者さんは家族と最後の会話をしました。奥さんが心配そうに話しかけます。「あんた、苦しくないか?」。「俺は大丈夫だよ。おまえたちは体を大事にな」。お互いを気遣うような言葉をかけあっていました。数分後に旦那さんは反応がなくなりましたが、奥さんは息が止まっても、しばらく声をかけ続けました。旦那さんにはずっと奥さんの声が届いていたことでしょう。本当に安らかな表情をされていました。

 息を引き取り死亡確認がなされた後、「立派で優しい旦那さんですね」と奥さんに声をかけると、「自慢の夫です!」と応えてくれました。さっきまで心配で不安げな表情でいた奥さんが、堂々とした表情に。いままでの総括だったり、いろんなものを受け取ったり。臨終のときが、家族のかけがえのない時間となったように感じました。

 もし治療をしていたら、もう少し長生きできたと思います。医師からは「あとは本人の体力次第です」などと言われ、意識のない、あるいは朦朧(もうろう)とした状態でお別れのあいさつもできずに。臨終というかけがえのない時間を医療が奪っているのではないかと感じることがあります。もちろん、身体があることで、触れてぬくもりを感じることもできるし、心臓の音を聞くこともできます。しゃべれなくても受け取れるものはたくさんあります。

 続けられる限りいのちの長さを重視するのか、最期はお別れを伝えたいのか。その考え方は人によって違います。もちろん思い通りにはなりませんが、事前に話し合いをしておかなければ、到底思った通りにはなりません。縁起が悪い話と思わずに、いずれ訪れる人生の総括について、一度家族で話し合いをしてみませんか?



看取りコミュニケーション講師、看護師 後閑愛実 太田市内ケ島町

 【略歴】看取(みと)りコミュニケーション講師として2013年から研修や講演活動を行う。著書に「後悔しない死の迎え方」。埼玉県上尾市出身。群馬パース看護短大卒。

2020/06/24掲載

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