風化の軌跡 価値あるもの残したい
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 まだ消滅してないが、この先、愛用してきた物が激減していくと思うと寂しい。市場では、知らぬ間に消えるその繰り返しがキリもなく続いている。生き残れるのはまれで、人気芸人のごとく、一流と呼ばれる中でほんの一握りしか残らない。一級品が消え去ることは残念なことだ。

 塗料にもある。明治初期に建てられた富岡製糸場にも使われた塗料だ。塗料は当初、外国産だが、その後の塗料は国産だ。固練りペイントや白亜鉛ペイントなど進化を重ねながら合成樹脂塗料の時代へとつながっていく。ペリーがもたらした現存付着塗料としても超一級品だ。

 最近まで立派に活躍していた日本発の塗料が「カシュー」だ。メーカーの名称としても知られ、今でもある。ウルシ科のカシューナッツの木の実から採れる脂肪分で作る人工和製漆といわれる塗料だ。漆の光沢と同等な艶を持ち、高級品仕立てに使われてきた逸品である。刷毛(はけ)塗りができ、自然乾燥を重ね、厚塗りも可能だ。漆のようにかぶれることもなく、当時としては画期的な塗料だった。超一級品の国産塗料と言える。

 われわれが生業としている源は、社寺仏閣に携わる職人たちや灰汁(あく)洗い職人などと言われている。衝撃的なペンキの出現で職のくら替えが起こった。その証しが隠語に残っている。ホン、ロ、ツ、ソ、レ、タ、ヨ、ヤマ、キ、数の隠語、符調である。取引の際使う言葉で業界用語だ。

 一般人に分からないように、人前で話す場に使っていた。この符調は、同業者の中だけ通用する言葉と思っていたが、材木業の一部でも同じ数え方が残っていると後に知った。材木商と塗装、建築を介したつながりを感じる。

 前にも紹介したように、職人同士が日常会話の中でも使っていたが、時として健全でない使われ方は、業界としてのイメージダウンも考慮してか、自然消滅したかで、話せる人も少なくなった。

 消えゆく物は塗料や言葉だけでない。塗りに欠くことができない刷毛である。柄の先に毛が付いているのが刷毛と呼ばれている。横文字でブラシと言う人もいる。間違いではないと思うが、われわれ生業としている中では違う。

 古来、のり刷毛のように柄先が二又に割れ、束ねた毛を包み込んで挟みとじた物が刷毛であって、柄先に毛を束ね、金属で包み込み、取り付けた物はブラシと呼んだ。特に職人は刷毛についてこだわりがある。塗ってナンボの世界、良い刷毛と粗悪の刷毛では仕事のはかどりが違う。

 人工合成樹脂繊維毛や水性対応の技術力の発展によって、かつて主流だった動物刷毛は敬遠されるようになった。合成刷毛が総合力でも使い勝手が良くなると、市場原理は残酷で、良い方に群がるからである。そんな中で、自分の中では残したい逸品として推奨したい。



日本塗装工業会県支部顧問 木暮実 高崎市井野町

 【略歴】1975年に高崎市で木暮塗装を創業(現在は会長)。2008年、厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」に選定。武蔵野美術大造形学部中退。

2020/07/11掲載

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