「不幸でない」は不幸 感情豊かに生きる幸せ
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 あなたは何をしているときに幸せを感じるでしょうか? 理由は人それぞれですし、若くて健康な今感じる幸せと、病気で死の間際に感じる幸せも、違うかもしれません。人はどんなときでも幸せを感じることができます。

 しかし、感じることをやめてしまう人もいます。これは、アパシー(無気力)と言われる状態です。この状態では、幸せも感じませんが、つらさも感じないので不幸も感じません。不幸の反対は、幸せではないのです。

 ナチスドイツ時代、収容所に収監されたオーストリアの精神科医、ヴィクトール・E・フランクルが書いた『夜と霧』(池田香代子訳、みすず書房)を読んでショックを受けました。

 囚人たちは、生命維持という原始的な関心以外には一切の心を動かさないようになっていきます。当時の悲惨な収容所の中では、いちいち嘆いたり悲しんだりしていると心が持ちません。囚人たちの心は麻痺(まひ)して、何も感じない状態になっていったのです。

 私は看護師として、病院でたくさんの患者さんに接してきました。あれもこれもだめと否定され、たくさんの管につながれて行動を制限され、痛いだけで何のためにやっているかわからない検査や治療が続く―。すると笑顔が消え、言葉数が減っていき、目を閉じ心を閉じる患者さんがいます。全員ではありませんが、入院している患者さんのとる態度は、収容所の囚人たちと変わらなかったのです。

 本を読んでから、患者さんの笑顔だけでなく、悲しくて泣いている顔もいとおしくなりました。悲しみも人間らしい感情だからです。その人らしく生きるとは、最期まで感情豊かに生きていくということなのではないでしょうか

 うれしいことも楽しいことも、悲しいこともつらいことも、みんなひっくるめてその人の感情を大切にすること。一分一秒でもいのちの時間を延ばすのではなく、一分一秒でも笑顔の時間を増やしたいと思いながら、看護をしています。

 「絶望に慣れることは、絶望そのものよりもさらに悪いのである」。これは『ペスト』(カミュ著、新潮社)の中に書かれている言葉です。感染症のペストがはやり、自らの苦痛、愛するものとの別れを嘆き続けることに耐えられなくなり、何も感じなくなっていく街の人たちを嘆いた医師、リウーの言葉です。当人たちは不幸とも感じていませんが、それこそが不幸なことなのでしょう。

 いま、新型コロナウイルスが世界的に流行しています。穏やかな日常を送れるように収束を願いつつ、人々の心が失われないことを願います。今日も、幸せを含め、あなたがたくさんの感情を感じられますよーに。



看取りコミュニケーション講師、看護師 後閑愛実 太田市内ケ島町

 【略歴】看取(みと)りコミュニケーション講師として2013年から研修や講演活動を行う。著書に「後悔しない死の迎え方」。埼玉県上尾市出身。群馬パース看護短大卒。

2020/8/19掲載

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