仕方ない? 「思い」が社会をつくる
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 最近、「仕方ない」という言葉をよく耳にします。「台風だから仕方ない」「コロナだから仕方ない」。果たして本当にそれは「仕方ない」なのでしょうか。

 広辞苑によれば、「仕方ない」とは「(1)やむを得ない(2)どうにもならない」という意味です。この言葉はよくできた言葉です。これだけ災害の多い日本では、自分の努力の全て、時には生命までことごとく破壊されてしまうことも多々あります。そんなやるせなさをこの言葉に乗せて忘れて明日からも頑張ろうという意味合いがあると思います。

 つまり「仕方ない」を使うときには、それをリセットさせるための仕組みが必要なのです。上野村ではそれが直会(なおらい)(宴会)です。村では下は保育園児から上は杖(つえ)をついた年配の方まで全村民が参加する地区対抗運動会があるのですが、終わった後はどこの地区も盛大にねぎらいます。勝てば美酒だし、負ければ来年こそは頑張ろうとなります。これで一つの区切りをつけるのです。

 既存メディアはコロナウイルスに何人かかったとか、失業率が増えただとか、そういう不安要素をあおりたがりますが、私たちはそんな報道は求めていません。それよりコロナウイルスにかかったときに重篤にさせない食生活はこれだとかの方がよほど有意義です。消費者の求める物を提供できないのだから、これではますます新聞、テレビ離れが進むわけで、商売の基本である「消費者の望むもの」を提供できていないからに他なりません。

 私がオピニオン委員になった頃は社会がこれほど自粛ムードではなかったので、話題もたくさんありました。今はこの原稿もやっと書いています。しかし、原稿が進まないのは自分のせいでもあるのです。

 社会の半分は私たちの思い込みでできています。そんなことはないと思われるかもしれませんが、例えば同じ花を見たとします。ある人は雑草だから処分しようといい、ある人はきれいな花だといい、ある人は薬草だと言います。同じ事象を見ても受け止め方は人によって違うのです。

 先の例で言えば薬草だという人からしたら、雑草だと処分する人を怒ることでしょう。しかし雑草だと思っている人には怒られている理由すらわかりません。

 タブレットをジョブスが発表した時にはそんな魔法の板ができるものかと誰もが思っていましたが、今は普通にiPad(アイパッド)を使用しています。世の中とはそういうものなのです。誰か強い思いの人に牽引(けんいん)され社会ができています。私がやらなければいけないことは、エネルギー代がタダになったときにどういう社会をつくるかを考えることです。皆さんはどういう社会をつくっていきたいですか?



エムラボ社長 三枝孝裕 上野村新羽

 【略歴】群馬大工学部卒業後、研究職や非常勤講師などを務め、2011年に上野村に移住。村産業情報センターなどを経て、同社を起業した。栃木県佐野市出身。

2020/8/23掲載

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