過去も、未来も 銘仙は伊勢崎の文化
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 いつもとは違う特別な秋、見えないウイルスを常に意識し、緊張しながら、少しずつ動き始めています。

 銘仙の職人さんたちへの聞き取り調査も、伊勢崎市図書館職員と再開しました。以前はご自宅に伺い時間の許す限り、お話ししてもらいましたが、今は近くの公園で、マスクとフェースガードを着け、短時間で効率的に聞き取る方法で、協力してもらっています。

 伊勢崎市の歴史を考えていく中で、織物産業はとても重要なものです。個人的には、街のアイデンティティーそのものだと考えています。

 調査開始から2年、協力者に共通していることがあります。職種や家庭環境は違いますが、職人として活動していた時期が一緒なので、子どもの頃に戦争を体験し、青春期に物のない過酷な時代を過ごしています。

 前橋空襲の日、焼け出されボロボロになりながら線路沿いを歩いて帰ってきた人。あと1日終戦が遅ければ海の藻くずと消えたという人。復員してきた父親の顔が真っ黒で怖くておびえたという人、等々。調査を進める中で、図らずも戦争体験も同時に記録しています。それぞれが淡々と話す姿に、胸ふさがれ感涙することもしばしばです。

 音源からの文字起こし作業を早稲田大社会科学部の堀芳枝教授が、ジェンダー研究の一環として、引き受けてくれています。近々、聞き取り調査に合流する予定です。

 銘仙を通して充実した時間をもらっているものがもう一つ。市内中学校に出向いての「ふるさと学習」です。銘仙の会の杉原みち子さん、明治館職員、ボランティアの人たちと10年前から継続している活動です。昨年は小学校1校を入れて8校、約1150人が受けてくれました。

 銘仙を身に着ける体験を通して伊勢崎の歴史や絹文化を知ってもらう授業です。体育館全体に銘仙を着た中学生が自由に動く様は、美しく華やかで、生徒同士の歓声が飛び交い、笑顔がはじけまぶしいほどです。「何の魅力もない街だと思っていたけど、自慢できる」「伊勢崎のすごさを知らなかった」「銘仙をもっと知りたい、興味が湧いた」「着付を習いたい」など、さまざまな感想が寄せられます。

 今年はすでに、10月から2月まで6校の依頼がありますが、社会情勢を踏まえ、新たな授業形態を構築しなければならないと思っています。

 8年前、四ツ葉学園在学中に、この授業を受けた村上采(あや)さんが株式会社Ayを設立し、今月、アパレルブランド「Ay」の公式発表をします。ビンテージ銘仙を使った、10代から20代前半向けの洋服です。現在、慶応大の学生ですが、ゆくゆくは伊勢崎ブランドを確立し、銘仙の魅力を次世代につなごうとしています。応援よろしくお願いします。



伊勢崎銘仙プランナー 金井珠代 伊勢崎市波志江町

 【略歴】2016年に併用絣(がすり)を復活させたプロジェクトの呼び掛け人を務めた。1998年に伊勢崎市観光協会(現観光物産協会)臨時職員となり、21年間勤務。

2020/09/08掲載

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