学び育てること 教育の重要性を再認識
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 高校の教員を25年、大学で陸上を指導して7年、教育機関で生徒、学生と関わり合ってきました。高校教員の時はほぼ生徒指導の担当でした。

 生まれてから何ら苦労したことなく端から見ても順調な人生を過ごしてきました。そのような人間が23歳になって、人生を生徒たちに説くには、人生経験があまりにも貧弱でした。教育原理、教育心理を学んでも、教育現場ではそれは木の葉のようなものでした。定時制高校に勤務していた5年間は午後5時半になると胃が痛くなり8時半には治る日々が続きました。

 高校生にしても本当にさまざまな人生があります。私のように順調に来ている生徒もいますが、想像を絶するような生き方をしている生徒もいました。また、生徒の周りの家族や友人らとの複雑な人間関係がありました。そのような中で教材や日常生活を通して人生を説くのですが、生徒は理解してくれません。

 私の場合はそれほど理想に燃えて教員になったわけではなく、陸上を教えられたらという甘い考えでしたから、まだ耐えられたのかもしれませんが、教育に一身を尽くそうとして教員になった人たちには大変な環境です。

 でも、教育とは「教え育てること」であり、国家を維持繁栄させる一番の基本の事業です。国家の立て直しは「教育百年の計」からです。経済問題も大切ですが、その経済を動かすのは人間であり、この人間が育たなければ経済も国家もありません。

 今、教育界では教員の不祥事が多くあり質が落ちていると批判されていますが、多くの教員の方は自分の身体も心も削って教育活動に没頭されています。この努力、尽力をもっともっと評価していくことが急務です。

 30歳くらいの頃、ある先輩の先生に、「一生懸命、生徒のためと思って指導しても、その時は分かったふりをしてもまた同じことをするし、全く分かってくれない」と嘆いたことがあります。あまりさえない先生でしたが、「今分かってくれる生徒なんてほとんどいないよ。20年30年たって、何かにつまずいたり、苦しんだ時、ふと思い出してくれたらいいんだよ」と言われた言葉が大きな救いになりました。

 教育学者の森信三先生が「教育とは流れる水の上に文字を書くようなものだ。だが、それを岩壁に刻み込むような真剣さで取り組まなくてはいけない」と言われています。教育活動はすぐに答えはでませんが、じっくり時間をかけ、諦めずに進めていくものです。

 全ての教育機関の先生たちの日々の教育活動のご努力は頭が下がるばかりです。そのことに私たちは感謝し、共によりよい社会をつくるために寄り添って活動していきたいものです。



ヤマダ電機陸上競技部女子中長距離監督 森川賢一 吉岡町大久保

 【略歴】2012年から現職。13年から6年連続で全日本実業団対抗女子駅伝8位入賞。仏教大監督時の09、10年に全日本大学女子駅伝で連覇。京都教育大卒。

2020/09/23掲載

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