油断国断 エネルギー安全保障を
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 「油断国断」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 単純に文字通りの意味で、石油(エネルギー)を断たれれば、国が崩壊する、という意味です。

 学生時代、初めて聞いた時には1973年の石油危機のことかと思ったのですが、さにあらず。大正末期に地理学者、志賀重昂氏が中東を訪問した後に知らしめた警世の言葉です(同氏は明治期の大ベストセラー『日本風景論』の著者で、群馬では榛名、妙義、浅間が挿図に登場。ただ、郷里の偉人「心の燈台内村鑑三」氏は、批判的だったそうです)。

 はたして日本は、昭和に入り中国・アジア権益を掌中にせんとした米国と衝突。41年の対日石油輸出禁止という制裁にあい(当時の日本の米国石油依存度は8割強)、帝国海軍は、備蓄の乏しさから真珠湾攻撃に打って出る選択―国を過ちました。

 そして、そんなことも一般には忘れ去られ、昭和元禄(これまた郷里の偉人、福田赳夫元首相による命名です)を謳歌(おうか)していた日本は、2度にわたる石油危機で世界で最も大きなダメージを受けました。「油断国断」を再度、味わうことになったのです。

 第1次石油危機で原油価格はなんと4倍。この危機を乗り切るために、わが国は官民を挙げて「省エネ」、「石油代替エネルギーの確保(サンシャイン計画、原子力発電)」を推進しました。つまり、買ってきたエネルギーを大事に使うことと、エネルギーそのものの自給率を上げることです。

 省エネの成果は、ご存じの通り世界に冠たるものです。今を時めくソーラー発電もここに端があります。でも、世界トップの高品質日本製パネルは安価品に負け、残念です。

 そして、特に今、考えるべきはもう一つの柱、「原子力発電」です。石油危機の教訓から順調に進捗(しんちょく)しましたが、東日本大震災から大半が停止したままです。

 その当然の帰結として、日本のエネルギー自給率は震災前の2割強から1割にまで低下し、先進国で最低レベル。原油輸入の中東依存度も、石油危機前と同水準の9割弱に戻ってしまいました。

 中国からの新型コロナウイルスの影響で世界中がマスク、医薬品等の自給にかじを切りました。でも、これらの自給率はエネルギーよりましです。そしてエネルギーなくしてはマスク、医薬品の製造どころか日々の生活も成り立ちません。

 中東からのタンカーの通り道、東シナ海は、中国の人工島で海上航行の脅威が現出されています。先人の教訓を反すうし、安全保障の観点からエネルギー自給戦略をみなで考えていくべき時機でしょう(注 これは個人的な見解であり所属企業には一切関係ありません)。



三井化学SKCポリウレタン社長 森田徹 東京都小金井市

 【略歴】1980年現三井化学入社。国内工場や本社勤務の後、米国、メキシコ、ドイツ赴任を経て、2020年4月から現職。榛東村出身。前橋高―一橋大卒。

2020/09/24掲載

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