海外体験回顧録 離れて見直す地域色
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 地域の特性解明には他所との比較が必要になる。ヒマラヤや南極などで調査をする知人たちとは違って、自分は目的限定での1週間程度の火山灰地見学を繰り返してきた。

 海外への興味の引き金は、幼い頃に絵本でみたシカゴのトウモロコシ型高層ビルと、根元を車が走り抜けるカリフォルニアの巨木だった。長崎県の実家近くの大都会、佐世保にあった米海軍住宅の青々とした芝生にも異国を感じた。米国行きはかなり後になったが、憧れの景色を見ることができた。

 最初の渡航先はフィリピンで、知人のグループ旅行に参加してタール火山をみた。伝え聞いた隣り合わせの高層ビル群とスラムも目の当たりにした。その後向かったホテルのゲートで、完全武装の警備員の検問を受けて驚いた。開業祝賀会に、マルコス大統領(当時)一行が出席とのこと。栄華の絶頂にあった彼らを間近でみる貴重な体験をした。

 ソ連からロシアになって間もない頃、トラが出る沿海州の森での遺跡調査に参加した。中学の時、ラジオの気象情報で知ったテチューヘでは、沖に潜水艦が浮かぶ砂浜で、直前の1993年北海道南西沖地震による津波で打ちあがった漂着物を発見した。近くでキャンプをしていた子どもたちが犠牲になったらしい。自然災害に国境は関係ない。

 最近は、欧州各地のジオパークに出掛けていた。経由地ドイツのデュッセルドルフから近いラーハ湖は、約1万3千年前の大噴火でできた火口湖である。榛名や浅間の噴火をしのぐ規模で、火山灰は欧州の広い範囲を覆った。ライン渓谷沿いでは、群馬のように軽石で埋まった当時の人々の生活跡が発見されていて、火山泥流も流下したらしい。

 バスの便が悪く、急坂続きなので、行きはタクシー、帰りは見学コースを歩いて駅に戻った。山道や展望所は除草され、観察地点に解説板もある。作業中の採石場でも、安全に地層観察ができた。

 ある国のジオパークで景観保護のために地下に新設された博物館が閑散としていた。国内でも散見されるが、地元に関係する展示が少なかった。地域の環境教育には、大がかりな箱物より、日ごろの調査研究、展示物更新、地元との一体化などが大切である。

 絶海の島々、ポルトガルのアゾレスは印象深い。見慣れた木々が多いので尋ねると、学名でスギと答えた。福井昭一郎氏の報告によると、現地政府からの要請で明治政府が植林用に送った種子の中から選定されたものらしい。火山、温泉、スギ、アジサイ、ツツジ、日本車、そして教会。郷里の九州そっくりの風景が、大西洋のど真ん中にあった。
 コロナ禍で、今も振り出し状態が続いている。海面変動史が地形でわかるカリブの島の唯一の在留邦人に正月出会った。還暦後の最初の渡航先と考えている。



火山灰考古学研究所所長 早田勉 前橋市天川原町

 【略歴】県の金井東裏遺跡出土甲着装人骨等調査検討委員会委員を務めた。専門は自然地理学。長崎県出身。東京都立大大学院理学研究科博士課程中退。博士(理学)。

2020/9/25掲載

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