上野村時間 寛容性がもたらす幸せ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 私は「上野村時間プロヂューサー」を名乗っています。村に流れる時間と都会に流れる時間は違うのでそれを調整しプロデュースする人ということで、とある方に命名いただきました。私にとっても村にいると何となく緩やかに流れる時間はお気に入りです。

 でも実際には1日は24時間ですし、1時間は60分、1分は60秒です。さらに言えば村の生活は忙しく、平日は日の出とともに起床し、畑を耕し、日中は仕事をし、日の入りまで再び畑を管理し、夜は消防団、青年団の会議やらお祭りの練習やらがあり、終われば日が変わるまで慰労会です。土日も道路、河川清掃やら、消防団の訓練やらいろいろと忙しいのです。

 最初に上野村に来た頃はなんと忙しいことかと思っていましたが、村の人たちは忙しさを感じさせません。それどころか、私が村観光協会時代にお連れした方々は村人から十分なおもてなしを受けたと感動し、この時間が長く続くことを願うのです(村人にとってはいつものことをしているに過ぎないのですが)。

 都会と村の違いは何でしょうか。師である哲学者の内山節先生は「関係性」ということで説明をしています。「人と人との関係だけではなく、自然と人との間にも関係性が昔はあった。上野村にはさまざまな関係性が残っている」とおっしゃっています。

 詳しくは先生の著書をご覧いただくとして、私が思うに大きな違いは「寛容性」ではないかと思います。村人の方はいろいろなことに寛容です。一方的に都会の人がしゃべっていても、それを黙って聞いてくれます。村の自然は訪れた人を受け入れ優しく癒やしてくれます。

 食欲などの生理的欲求が満たされた後は、「人に認められたい」ということが順位の高い欲求になります。だからブランドのバッグを持ったり、高級車に乗ったりします。

 人には認められたいけれど、人を認めることが少なくなっている気がします。ブランドのバッグや高級車は分かりやすいステータスですが、それも物の値段が高いことを認めているのであって、持っている人を認めているわけではありません。

 これだけ個性や能力が多様化する時代において相手の何を褒めて良いのかは難しいです。ネットは匿名を良いことに罵詈(ばり)雑言であふれています。しかし受け止めて寛容になることはできます。

 最近は幸福度というものがもてはやされていますが、本当の幸福とは経済的な豊かさでも、IoTの発達でもなく、お互いにお互いを認め合える社会ではないでしょうか。まずはあなたの周りにいる方の良いところをいくつ見つけられるかから始めてみませんか。それでも見つからなければ相手のすることをただ受け止めるだけでも皆さんの世界が変わっていきます。



エムラボ社長 三枝孝裕 上野村新羽

 【略歴】群馬大工学部卒業後、研究職や非常勤講師などを務め、2011年に上野村に移住。村産業情報センターなどを経て、同社を起業した。栃木県佐野市出身。

2020/09/29掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事