死別、そして前へ 苦しみの中にもある光
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 大切な人との死別はとても苦しく悲しいものです。ですが、悲しみながらも前を向いて生きていける原動力になればと思い、苦しみの中にも光はあるという話をします。

 死は理不尽なものです。「最期のときに立ち会えなかった」「あれが最後になるなら、もっと優しくしておけばよかった」。大抵思い通りにはならないので、後から「ああしておけば」と苦しむこともあります。そんな苦しみの中にも、自分なりによかったと思えることがなにかしら見いだせれば、心が少しは軽くなるのではないでしょうか。

 ある患者さんが亡くなった夜、看護師をしている私は、その息子さんにこう伝えました。「夕方、笑ってくれたんですよ。だから、こんなに早く亡くなるなんて、私もびっくりです。お父さん、笑うとかわいらしい人でしたね」

 すると、息子さんが急に涙を流しました。「おやじを家でみることができなくて、申し訳なく自分を責めていました。思い出すのはいがみ合っていた記憶で。でも、おやじの入院生活はつらくて苦しいだけじゃなかったんですね。話を聞いて救われました。昔はお調子者で、よく笑う人だったんですよ。懐かしい…」

 患者さんは認知症もあり、介護は大変だったそうです。思い出すのはつらい介護といがみあった記憶。でも、入院中も笑っていたという話を聞き、元気だったころのお調子者のお父様との思い出がよみがえってきたというのです。

 「あのときああしておけば…」と後悔が募り、残された家族はつらい日々を過ごすことにもなりかねません。私が「笑うとかわいらしい人でしたね」と言わなければ、息子さんは「つらくて苦しい入院生活のなか、おやじは亡くなったんだ」と思い続けていたかもしれません。

 私はそれから、患者さんとのよかった思い出や、日々の様子を家族に伝えるようになりました。大切な人との死別と向き合って生きていくなかでの原動力となるかもしれないと思ったからです。

 亡き人に対してよくないことをしてしまったとしても、よかったと思えることも、たくさんしていたのではないでしょうか。思い返してください。振り返って後悔することも、そのときに最善と思われた、あるいはやむをえなかった選択だったはずです。

 亡き人を思っても、いまさら何かできるわけでもありませんが、自分なりによかったと思えることが何かしら見いだせれば、それは救いとなり、前を向いて生きていくための光となります。あなたにはどんな光があったでしょうか。

 悲しみの涙の奥には、別れをそれほど悲しめる関係性が築けた幸せが隠されています。だから、その悲しみとともに、これからも前を向いて生きていっていただけたら幸いです。



看取りコミュニケーション講師、看護師 後閑愛実 太田市内ケ島町

 【略歴】看取(みと)りコミュニケーション講師として2013年から研修や講演活動を行う。著書に「後悔しない死の迎え方」。埼玉県上尾市出身。群馬パース看護短大卒。

2020/10/07掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事