球児へのエール くじけずに白球追って
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 新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、学童野球で小学6年生最後の大会である「渡辺久信杯」が2月、初日を終えたところで中止の憂き目にあったことを皮切りに、5年生以下の選抜学童大会も中止となりました。

 いずれも、上毛新聞敷島球場で開催される予定でした。学童球児にとってはまさに「群馬の甲子園」である球場で試合ができない悔しさを味わうことになってしまい、つらい春でした。

 高校球児にも影響し、直前に中止となったセンバツ甲子園大会に続いて春季地区リーグ戦、春季県大会、ついには、夏の甲子園大会も中止となってしまいました。特に3年生は「無念」としか言いようのない年でしょう。

 センバツ出場予定チームには「甲子園交流試合」が、夏の甲子園を目指す群馬大会の代わりには「群馬独自大会」が開催されました。試合は無観客で行われ、球児ばかりでなく、高校野球を愛してやまないファンにとっても球場に足を運べず、寂しいシーズンになってしまいました。

 コロナ禍でスポーツ大会の中止が続く中、高校野球だけが特別扱いされて良いのかとの疑念も出されました。しかし、「高校野球されど高校野球」で、伝統に裏打ちされた国民的スポーツイベントに成長しているゆえんであると思います。

 県内球児の夏の甲子園大会での活躍をみると、古くは1926年の旧制前橋中対静岡中との当時大会記録となった延長19回の熱戦や、38年高崎商、74年前橋工のベスト4進出などが光ります。元号が平成に代わった89年ごろからは群馬時代の到来です。96、97年に前橋工が連続ベスト4、99年に桐生第一が県勢初優勝を果たすと、2013年に前橋育英が初出場初優勝で続きました。群馬勢強しの感があります。

 100年にわたる先人たちの努力が生かされた成果でしょう。また、県高野連が入学間もない1年生を対象にした大会(若駒杯)を始めたことも見逃せません。「若駒杯」の冠を掲げたこの大会の試みは、全国に先駆けたものです。名将と言われる指導者を招聘(しょうへい)しての講演会などを含め、地道な努力が実を結んでいるものと思います。

 これまで、県内の強豪と言われる高校は全国レベルのチームとの対戦を求め、近畿地方を中心に遠征へ出向くことが多く見受けられました。近年は、群馬へ足を運んでくれるチームが増えました。ファンとしては群馬にいながら、他県の強豪との試合が見られる幸運にも恵まれているといったところです。

 最後に、学生野球の父と言われる飛田穂洲の名言に「一球入魂」があります。球児の皆さんは、今まさに苦境にめげず一つの白球を懸命に追ってください。

 みんなが応援しています。



県建設技術センターFM室長 高橋康夫(前橋市岩神町) 

 【略歴】たかはし・やすお 2015年から現職。地方自治体の施設マネジメント支援、技術支援に携わる。1級建築士。元前橋市建築住宅課長。前橋工業高―足利工業大(現足利大)卒。

 2020/10/18掲載

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