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2020年9月30日、「群馬県綿貫観音山古墳出土品」は、文化財保護法第27条第2項の規定により、正式に国宝指定されました。
1968年3月4日の古墳発掘初日から52年後に、発掘された品々が「日本の宝」となったのです。同年3月13日付の上毛新聞では、その発掘調査の様子を「国宝級の文化財続々」の見出しで詳細に伝えていますが、まさにこのことが現実のものとなったわけです。
全国には20万基あるいはそれ以上の数の古墳が存在したとも言われており、それらの古墳からはたくさんの副葬品や埴輪(はにわ)などが出土しています。そして、そのすべてがその土地の歴史を物語る大切な遺産としての価値を持っています。
そうした唯一無二の価値を持つあまたの古墳時代出土品の中で、これまでに国宝指定されたものは51年に指定された「人物画象鏡」(隅田八幡神社)以来、わずか12件。さらには、21世紀に国宝指定されたものに限れば「奈良県藤ノ木古墳出土品」「奈良県東大寺山古墳出土品」の2件のみ。つまり、今回の「群馬県綿貫観音山古墳出土品」は通算では13件目、そして21世紀では3件目の国宝誕生というわけです。
全国に十数例しかないもの…。ほかにどんなものがあるでしょうか? さまざまな分野でそうした希少なものは存在するでしょうが、これらに共通する点はオンリーワンあるいはそれにも近い、この上ないほどに高いプレミアム感です。
県立歴史博物館は79年10月の開館以来40年以上、この「群馬県綿貫観音山古墳出土品」を展示してきました。この間、延べ500万人を超える来館者の方々にお伝えし続けた価値は常に国内有数のものであり、時の流れとともに色あせるものではなく不変です。さらにいえば、日々進められている研究の深化により、歳月を経るごとにその歴史的意義は高まっています。
そして、今回この出土品に「国宝」という大きな価値が添えられたことで、「日本の宝」を守り伝えるという大きな役割が当館に与えられることになりました。
2020年8月、文化観光推進法(同年5月施行)に基づき、当館は「群馬県立歴史博物館イノベーション文化観光拠点計画」として、最初の全国10計画の一つに認定されました。この計画は、「古墳王国」「埴輪王国」としての古代群馬をメインとした情報発信計画であり、その魅力をデジタル化や多言語化などによって、群馬、日本、そして世界に発信していこうとするものです。
綿貫観音山古墳出土品の国宝化、この記念すべき年に、新たな発信計画の認定。先人が残した輝かしい過去を未来の人々につなぐため、群馬県立歴史博物館の新たな取り組みが今、始まります。