歴史、そして食と職 豊かさ映す地名「上毛」
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 群馬県で暮らして5年目になる。その間、毎日のように見てきたのが、町中にあふれる「毛」という文字だ。上野国(こうづけのくに)や上州という言葉は前から知っていたが、「上毛」が群馬県の古くからの呼び名であることをしばらく知らず、面食らうことも少なくなかった。

 この「毛」という文字、もともと「紀」と意味を同じくし、日本書紀によれば紀伊国(きいのくに)、つまり現在の和歌山県を表す紀(木)を由来とし、やがて紀が毛になまったという。また、奈良や京といった都から見て東北方面にあるという意味で、蝦夷( えみし )の国を表す説もある。

 さらに紀伊国の漁民が、房総半島をめざして関東へ移り住んで、漁業に励んだりみそやしょうゆ造りを伝えたりした事例があるから、地名辞典にあるとおり、元をただせば「紀=毛」という由来はもっともなのだろう。

 しかし私が興味があるのは、言葉の由来よりもむしろ、毛という言葉が現在まで使われてきた経緯のほうだ。毛という呼び名が長い間あてられてきたのは、この地域が、利根川や渡良瀬川に沿って広がる、関東平野という豊かな食糧地帯だからだ。毛は、五穀豊穣(ほうじょう)、つまりこの地が育む食べ物の豊かさを表しているのである。

 米・麦・ソバといった穀物生産はもちろん、群馬県はとりわけ野菜が豊富だ。全国シェア9割のこんにゃくいもを筆頭に、キャベツ、キュウリ、モロヘイヤ、レタス、ナス、ほうれん草、インゲン豆、白菜、生シイタケはどれも全国トップクラスの生産量を誇る。豚肉、牛肉、牛乳といった畜産業も盛んだ。

 主役のお肉はもとより、下仁田ねぎ、しらたき(こんにゃく)、シイタケ、春菊といった県内産の食材で、すっかりすき焼きができあがってしまう地力には舌を巻く思いがする。イチゴ、梅、ブルーベリー、キウイなどの付加価値の高い果物の生産地としても健闘している。祖先たちが海を渡りたくなるほどの食の恵みは今も健在である。

 もう一つ私が強調したいのが「職」の恵みだ。群馬県は製造業がさかんな土地柄である。有力な地場産業はかつては繊維や織物業だったが、現在の主力はなんといっても機械工業だ。東京圏にほど近く、交通アクセスにすぐれ、平坦(へいたん)で災害が少ない立地を生かして、県内一帯で稼働する工場が、県民の豊かな雇用の受け皿になっている。

 群馬県が1人当たりの自動車保有台数が全国1位なのは、仕事に恵まれ収入と生活が安定しているからに他ならない。

 「上毛」は群馬県の豊かな歴史を今に伝えるのにふさわしい言葉だ。「上毛」という地の豊かさをこれからも実現し、未来に継承していけるのか、そのヒントを探っていきたい。



関東学園大准教授 山根聡之(太田市東別所町)

 【略歴】やまね・さとゆき 2016年に関東学園大講師、18年から現職。専門は経済学史・社会思想史。和歌山市出身。一橋大大学院博士後期課程単位取得退学。博士(経済学)。

 2020/11/8掲載

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