上毛かるたと関孝和 和算書と算額、後世に
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 皆さんはどのくらい和算について知っているでしょうか。上毛かるたの「和算の大家関孝和」は覚えていても、どんな業績で世界的に有名になったのかと尋ねても答えられない方が大半ではないでしょうか。実はそれが普通です。筆者のように和算に首を突っ込んでいるのは、やや変わり者です。会社を定年退職後、事務所を開き一部門として科学史・技術史を立てました。

 「和算とは」を簡単に言えば江戸時代中期から明治時代中頃に至るまでの短い間に独自に発達した日本の数学です。それまでの数学を一変させたのが関孝和です。傍書法という今の代数式を考案したり、面積・体積を綿密に計算したり、円周率を、小数点以下10桁くらいまで求めたりしました。業績は高く評価され、『100人の数学者』(日本評論社)の中で、その1人に挙げられています。

 和算を発展させたものが「和算書」と「算額」という手段と、師弟をつなぐ免許制度です。関流、最上(さいじょう)流、宮城流などいろいろあります。流派は違っても数学そのものに大きな違いはありません。関流の場合、見題免許、隠題免許、伏題免許を得て関流何伝と称しました。ちなみに県内では前橋の石田玄圭が五伝、安中の小野栄重が六伝で県内の草分けです。七伝、八伝の和算家はたくさんいます。

 幸い和算書は写本も入れたら膨大な数の資料が残っています。東京上野の日本学士院には約9700件余の和算資料が所蔵されています。立派な検索しやすい資料目録も発行されていますが、残念ながら手続き上簡単に見ることはかないません。

 前橋市立図書館には丸山清康氏の丸山文庫、高崎市立図書館には篠木弘明氏の俳山亭文庫があり、多数の関係資料があります。利用者からすると、前橋市立図書館には文庫目録の電子化に加え、複写や写真撮影などの利便性を高めてほしいと思います。高崎市立図書館にも電子化を進めるか、複写を容易にしてもらいたいものです。

 「算額」とは、数学の絵馬です。難しい問題が解けた時の感謝の気持ちを表したり、別解やより簡単な解法が分かったことを明らかにしたりする時など、人の多く集まる神社・仏閣に奉献したものです。これによって、和算は大衆化とともに質的にも大幅に発展しました。県や市町村の文化財に指定されているものもあります。しかし、災害などで失われているほか、風化で判読できなくなりつつあります。

 今のうちに電子化やレプリカを用意する必要に迫られています。地域の指定文化財にしてもらうのも一つの方法であります。『群馬の算額』(群馬県和算研究会、1987年発行)では現存74面(復元含む)、現存しないもの86面が記載されています。文化財としての和算書と算額を後世に残していきましょう。



県和算研究会副会長 中村幸夫 藤岡市岡之郷

 【略歴】県和算研究会、日本数学史学会所属。民間企業を定年退職後、労働安全衛生コンサルタント業務の中村エス・ファイブ事務所設立。藤岡高―群馬大工学部卒。

2020/11/12掲載

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