隠れた群馬県産 創作こけしに輝き再び
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 みなさまは「創作こけし」という、愛する妻の寝顔の次に魅力的なものをご存じだろうか。

 どうやら県内でもあまり知られていない、群馬県産の創作こけしの歴史について、すごくザックリめに説明させていただきたい。

 なお、この文章は創作こけしを全く知らない方々に、興味を持ってもらうことを目的としている。こけし作家の先生方が、日々情熱を注いで作られている創作こけしについて、非常に軽いタッチで紹介させていただくことをご容赦いただきたい。

 群馬でのこけし生産は、1948年頃に前橋市総社地区で始まっている。48年といえば、あの美空ひばりがデビューした年であり、ホンダが設立された年である。歴史的背景を持ち出すことで、中高年齢者層の心をわしづかもうという私なりの作戦である。隠し事はなしだ。

 作戦の成否はさておき、群馬にはこけし生産の地盤があったことから、日本全国の観光地に土産物として、こけしを出荷していた。その関係からか、大々的に群馬県産をうたえないのが、群馬とこけしが結びつかない理由の一つだろう。

 かつて日本には、温泉地へ旅行しては、こけしを土産に買って帰る、という時代があった。かくいう私は、その世代よりは少し若い。私は幼少のころ旅行に行くと、無邪気にかわいらしく母にキーホルダーをねだったものだ。「僕のパンツ知りませんか?」というプレートを持った謎のガイコツキーホルダーだ。

 実家にあの謎のキーホルダーがあったということは、母は快諾してくれたのだろう。そんな母ももうすぐ古希を迎える。何が言いたいのか、コケシにもワタシにも輝かしい時代があったということだ。

 その後徐々にこけしの国内需要は減少する。が、ここで新たな需要が生まれる。インバウンド需要である。減りゆく産業に新たな需要。これに目を付け、創作こけしの技術を継承すべく、東京から早歩きで20時間かけてやってきたのが、何を隠そうこの私だ(エラそうな文だが、真面目さの裏返しと解釈していただきたい)。

 その直後知っての通りの世界的脅威が、こけし業界をも襲うこととなる。しかし、新型コロナの影響で、今までの需要が9割以上減った今こそ、逆に新たな需要を見つけるチャンスではないだろうか。

 今までこけしに興味を持っていなかった人へ向けて新しいこけしを作り、それを積極的にアピールしていく。それが、今後の創作こけしの発展に不可欠だろう。もちろんもう動きだしているこけし屋さんも少なくない。近い将来、もう一度コケシが輝く時代が来るだろう。そうなった時は、ついでにワタシも輝きたいものだ。



渋川市地域おこし協力隊員(創作こけし技術習得・継承) 大野雄哉(渋川市)

 【略歴】おおの・ゆうや 専門学校を出てからエレキギターメーカーに勤務後、2019年9月から地域おこし協力隊員として活動。作品をインターネットで販売している。東京都出身。

 2020/11/24掲載

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