見えない子の美術作品 驚きと感激からの学び
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 Aさん「脳みそはこんなものかなって」

 私「ノウミソ?」

 Aさんは未熟児網膜症でわずかに光を感じられますが見た経験はなく育ちました。盲学校中学部3年生のときに美術の授業で自分の顔(頭像)を作りました。心棒に紙粘土をしばらくつけてからしきりに「こんなものかなあ」とつぶやくのです。それは独り言ではなく私に同意を求める口調でした。Aさんは何かを作り終えたようでそこから先を進めようとしません。「ノウミソ」と聞いたとき、私はそれが「脳みそ」だとはすぐには思いつきませんでした。

 「よく観察してありのままをごまかさないように作る」と私は話していました。Aさんは頭蓋骨の石こう模型を触ったり、自分の顔を触りながら顔の筋肉の話を聞いたりするうちに、まず脳を作ろうと自然に考えたようでした。考えてみれば「ありのままをごまかさない」のであれば脳を作ろうと考えるのは当たり前のことです。

 教師の私は「ありのままをごまかさない」で作ると言いながら実は顔(頭像)の表面を作るのだと話していたことに気付きどきりとしました。美術科教師として培ってきた概念や価値観が生徒によって突き崩された瞬間でした。

 神戸市立盲学校に勤務した福来四郎は戦後の盲学校美術科教育の先駆者の一人です。福来は著書『見たことないもん作られへん』であばら骨のある犬の像について述べています。それは毛で覆われていて視覚では捉えにくい肋骨(ろっこつ)を見えない生徒が触って気が付き表現した作品です。福来はこれこそ見えない子どもが触覚を表した作品だと感激して述べています。

 かつて美術教育者のヴィクター・ローウェンフェルドはその著書『美術による人間形成』で「盲および部分盲(原文のまま)の児童のための美術と正常な視力をもった児童の場合との違いは、程度の問題だけで種類ではない」と述べています。

 福来の実践は1950年代、私の実践は80年代前半ですが、今でも問いかけと学びがあると思います。そして、このような学びは、本来は教師ではなく同世代の見える・見づらい生徒たちにこそ学ぶ意義と権利があると考えます。

 福来や私が見えない生徒の制作や作品から受けた驚きや感激を同じ教室で一緒に体験し、問いかけを一緒に考えることが必要です。生徒たちは互いの違いや多様な価値の存在に気付き、共に生きることを学ぶ手だての一つを得られるのではないでしょうか。

 人的、物的、経済的課題等があり、現状でできることは限られています。それでも見えない、見づらい児童生徒を指導する機会がある美術科教師は、見えない・見づらい・見える子どもが共に学ぶための環境や専門性を担保する努力を払うべきだと考えます。



版画家、NPO法人麦わら屋アートサポーター 多胡宏 前橋市江木町

 【略歴】元県立盲学校長で福祉施設などのアート活動を支援。筑波大芸術専門学群卒。定年後、群馬大大学院で視覚障害児の美術教育を研究し、2020年3月修了。

2020/12/07掲載

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