コミュニケーション 「伝えたい」思い大切に
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 「今日、ギッタンバッコンの時計使ったよ」。少し考え、娘が何のことを言っているのか分かった。「天秤(てんびん)を使ったね」。私がそう言うと、「そう、天秤。重さを量ったよ」と娘はうれしそうに答えた。小学生の娘との何げない会話である。

 高校通級で生徒からコミュニケーションが苦手なので教えてほしいと言われることがある。しかし、コミュニケーションとは何だろうと、改めて考えるとなかなか難しい。コミュニケーションにおいて大切なことは何か、娘との会話を振り返りながら、こんなふうに考えた。

 大切なのは、伝えたいと思うことではないだろうか。うれしかったことや困ったことなど、自分の中に生じたさまざまな感情を伝えたいと思うことである。そのためには、伝わってうれしかったという経験を重ねていく必要があり、それにはさまざまな人と関わりの中で生じた感情を共有し、それらを自分なりに表現することが大切だと考える。

 例えば、「楽しかったね」と言われて、最初はうなずくだけでもいいので、共感の気持ちを伝えてみる。さらにそれに対し、「そうだよね」などと相手から同意や共感が伝えられることで、自分を分かってもらえたという充実感が生じる。そのことで、次はうなずくだけではなく言葉で伝えてみようと思うかもしれない。伝えたいという気持ちは、そんなふうにして高まっていくのではないだろうか。

 そもそも、自己表現ができないから困っていると言われるかもしれない。しかし、無責任な言い方かもしれないが、こればかりは“経験”をするしかない。通級では人と関わる上での知識やマナーは教えることはできるが、経験までは教えることはできない。自分で失敗や反省を重ねながら、その都度学んでいくほかないように思う。

 アドバイスできることがあるとすれば、それは失敗を恐れないでほしいということである。まずは、些細(ささい)な間違いなど気にせず、「ギッタンバッコンの時計」のように、恐れず自分なりの言葉で表現してみてはどうだろうか。

 生まれもっての性格や特性により、自身の気持ちを伝えることや共感し合うことが苦手な子どももいるかもしれない。それでも、自分なりに工夫してできることや、自分にはどうしても難しいことなど、人との関わりの中でそれらに気づいてほしいと思う。それは自分自身を知ることでもあり、通級ではその手助けができればと思っている。

 コロナ禍で、オンラインで人とやりとりをする機会が多くなった。便利だが何とも言えない物足りなさを感じる。私たちは実際に人と接することで、目には見えないさまざまなことを共有しているのだろう。人と関わるということは、何とも奥が深い。皮肉にも、そんなことをコロナに気づかされた。



高崎高教諭(通級指導担当) 佐藤利正 高崎市柴崎町

 【略歴】特別支援学校や普通高校に勤務し、2019年から現職。生徒支援の経験を基にした小説で上毛文学賞、県文学賞受賞。群馬大大学院博士課程修了。博士(医学)。

2021/01/21掲載

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