見えない人と美術鑑賞 より豊かで深い時間に
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 江戸時代初期の剣術家、宮本武蔵が描いた「古木鳴鵙図こぼくめいげきず」(国重要文化財・大阪府和泉市久保惣記念美術館蔵)のレプリカ鑑賞を企画したことがあります。盲学校高等部生徒と職員の方にご協力いただき一般の方と20人ほどで鑑賞しました。鑑賞のポイントは二つです。一つは進行を見えない人がすること、二つ目は手で触れる資料を使わないことでした。視覚や触覚に頼らず言葉のやりとりで絵画を鑑賞したのです。

 進行役の見えない人が絵の大きさや技法、描かれているものなどを一つ一つ質問し、見づらい・見える人が答えます。見ることを言葉にするのは難しく時間がかかります。どの言葉を使うか、順序や言い方をどうするか、分かりやすいかなど苦心します。

 もずの様子、筆遣い、墨の濃淡、画面構成などを少しずつ言葉に置きかえたとき1人が「尺取り虫がいる。この絵は本で何度か見ているのに初めて気付いた」と言いました。小さなざわめきがさっと広がりました。確かに鵙がとまる枯れ木の中ほどに1匹の尺取り虫が柔らかい筆遣いで描かれています。

 「武蔵はなぜ尺取り虫を描いたのか?」という質問が上がりました。私はこの絵の核心の一つに皆が気付き、意見や感想のやりとりが始まったと思いました。そして見えない・見づらい・見える人が一緒に鑑賞したことで、ここにたどり着きやすかったのではないかと感じたのです。

 絵画を鑑賞するには時間をかけ、他の人と感想や意見を交わすとより豊かで深くなるといわれます。しかし、一般的には1人で短時間見ることが多くありませんか。また、制作意図をどう理解したらよいのか戸惑うことが多くありませんか。

 そんなハードルを越えるためには見えない・見づらい・見える人が一緒に鑑賞する経験を積むことが効果的だと考えるのです。つまり見えない人たちのために一緒に鑑賞するのだと思われがちですが、実はお互いの鑑賞を豊かで深める絶好の機会なのではないでしょうか。

 一昨年の第70回記念県美術展は会長、副会長をはじめとする4点の絵画と版画を手で触って鑑賞するためのツールである立体コピー(触図)を添えて展示しました。立体コピーの作成を県視覚障害者福祉協会、題名や技法、大きさなどの点訳を県立点字図書館に協力していただきました。

 上毛新聞で紹介されたのですが、残念ながら見えない人たちが来場されず、一緒に鑑賞する機会はありませんでした。しかし、この取り組みはとても意義のあることです。なぜなら見えない人たちとともに来場者や出品者の鑑賞を豊かで深める機会を提供し、ひいては皆で文化を共有する機会を提供したのだと考えるからです。

見えない人と美術鑑賞 より豊かで深い時間に



版画家、NPO法人麦わら屋アートサポーター 多胡宏 前橋市江木町


 【略歴】元県立盲学校長で福祉施設などのアート活動を支援。筑波大芸術専門学群卒。定年後、群馬大大学院で視覚障害児の美術教育を研究し、2020年3月修了。

2021/02/08掲載

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