「3.11」から10年 復興へ緻密な実態把握
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 東日本大震災・東京電力福島第1原発事故から10年が経過しました。この災害をお題目として、風評被害問題にとどまらず、コンサルタントや学者、批評家らによって、現状の福島県の実態や歴史・経緯、政府の方針などと乖離(かいり)したところで、ポストモダン論や未来社会論などのストーリーが展開・消費・再生産されてきました。それぞれの関心分野や知見に絡めて、経済成長・文明の見直しやパラダイムの転換、分断論や社会実験論、新しい社会の在り方論などが提言やルポ記事といった形で掲載されています。

 私自身は、災害発生当時の学生時代から現在まで関係性の薄い職務を本業として重ねてきましたが、思いがけず縁があり、2017年頃から政府のアドバイザーなどとして、芳しくない復興事業の再構築支援などの仕事もしています。例えば、復興・新エネ・イノベーション社会の象徴であった総事業費600億円超をかけた浮体式洋上風力発電設備の解体・撤去工法策定や、国と県の新エネ関係のロードマップの再構築、政府の全国的な企業や自治体への気候変動に関する情報発信戦略策定などです。

 これらに共通するのは、スタートの時点で実態に即していない仮説・議論設計にはいずれ破綻が生じるということです。それを取り戻すためには関係者の調整を含めて想定以上の代償を要するだけではなく、本来、分析・熟議・対応しなければならなかった時期や機会を逃してしまいます。最終的にその意見を押すか否かは判断を伴いますが、誠実にわが事として責任を持って取り組まれている方たちには意外に、外からでは分かりにくいこともあります。

 自分自身への戒めでもありますが、経済学者のアビジット・バナジーやエステル・デュフロらが指摘するように、多種多様で複雑な経緯・現実がある中で、私たちは「こうなっているはずであり、こうあるべきだ」という紋切り型の束に還元しようという衝動にかられがちです。この構造は福島県の復興事業にかかわらず、地方創生や海外での社会貢献の取り組みでも、同様のケースをよく見掛けます。

 簡単に手に入るデータは限定的で、事実を認知するために、さまざまな文献などを多様な人たちとコミュニケーションを取りながら精査することは非常に面倒ですし、百点満点で報われるものではないからです。最初の入り口で誤ると、現地訪問やインタビューを経ても逆に誤ったバイアスが強化されるケースも多くあります。

 昨今国内でも、米国のオバマ政権時代に流行したEBPM(根拠に基づく政策運営)が再々注目を浴びています。一つの決定に対して取り巻くさまざまなな外部・内部要因も一定ではないですし、何より現実は一回性・不可逆的なものであるのです。





投資・投資助言業役員 永井宏典(東京都港区)

 【略歴】政府系金融機関、野村総合研究所を経て、2021年4月から現職。米国証券アナリスト、米国公認会計士。高崎市出身。高崎高―慶応大卒。

2021/4/13掲載

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