伊参の原点『眠る男』 映像体験で豊かな感性
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 伊参スタジオ映画祭の始まりには、大樹のような映画『眠る男』の存在がある。『眠る男』は群馬県が人口200万人突破を記念し、前橋市出身の小栗康平監督と共に製作した映画である。県内各地で撮影が行われ、その撮影拠点となったのが中之条町の木造校舎、今の伊参スタジオだった。

 1996年の公開当時、17歳の僕は父親と一緒に中之条町内の文化会館で『眠る男』を見た。主人公と言われている男性・拓次は布団に横たわり眠り続けたまま。役所広司さん演じる幼なじみや南アジアからやってきた異国の女性らが登場し、喜怒哀楽を繰り広げるでもなく、映画の中でただ生活をしている。一定以上の年齢の方は僕と同じようにこの映画を見た方も多いと思うが、一言で言うととても難しい映画だった。

 小栗監督は後にNHK教育テレビの「人間講座」という番組で映画の作られ方・見方を教える講座を持ち、それは「映画を見る眼」という題名で書籍にもなった。放送された頃は僕も映画を志す若者だったので、映画の撮り方について、編集について、食い入るように番組を見ていた。小栗さんの考察は作り手側の話だけではなく、映画や映像がいかに現代の人々に影響を与えているかにも及んでいた。「テレビバラエティーなどで間がない会話の映像を見続けている若者は、友達との会話の中で言葉が途切れることを、沈黙を怖がるのではないか」というくだりを聞いてショックを受けた記憶がある。幼い頃から当時にかけての僕がまさに、会話の間が耐えられない性格だったからだ。人との会話で少しでも間があると嫌われているのではないかと思い、無理に言葉を発しては空回りばかりしていた。

 令和の今、映像の影響を考えると、事はさらに深刻ではないかと思う。映像はよりテンポよく派手になり、見る方法もスクリーンからテレビを経由してスマートフォンへと移行した。ユーチューバーは言葉の間を全てカットする。会話そのものも表情が読めないSNSが主流となり、映像のように流れ続ける言葉の中で、既読をつけたらすぐに返信しなければならない。小さな画面からふと顔を上げれば、青い空と満開の桜が広がっているかもしれないのに。

 『眠る男』は伊参スタジオ映画祭で4度上映した。何度目かの上映の際、眠り続ける拓次の奥、庭木が風に揺られる様子が描かれ、次に雄大な山のカットに移り、その木の幹に体を預ける子どもたちが映る一連を見て「これは村の山頂から拓次の足元までを吹き抜ける“風”目線なのではないか」と気付いた時があった。あくまで僕個人の解釈ではあるが、そんな発見がこの映画には至る所にあり、なんて豊かな映画なんだろうと思った。今こそ、映画を、映像を見る眼が必要である。



伊参スタジオ映画祭実行委員 長岡安賢一 中之条町西中之条

 【略歴】2004年から伊参スタジオ映画祭に携わる。仕事として観光映像制作やアーツ前橋での映像制作を行う。日本映画学校映像ジャーナルコース卒。

2021/04/18掲載

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