色の見え方と明暗 多様性 寄り添う努力を
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 目の見えない児童から「色って何ですか?」と聞かれたことがあります。見えない児童生徒の色彩学習はどのようにしたらよいのでしょうか。

 この疑問は盲学校で図工や美術の学習に携わった当初からの課題でした。「将来、自分に似合う服の色を話題にできたらいい」など、色彩学習の必要性は当事者である見えない人からだけでなく、家族や盲学校関係者、教育研究者らからも指摘されています。

 本来は無色である太陽光をプリズムに当て色に分けたのはニュートン、色彩心理の基盤をつくったのはゲーテだと言われています。しかし、色彩の見え方やイメージは多様で個人的で、変化もします。例えば日本では20年ほど前から「はだ色」という名前の絵の具や色鉛筆がなくなりました。「水色」はまだありますが水のイメージを固定化していないでしょうか。

 国・地域などでも異なり、「顔色が悪い」と言うと日本では白や青を連想するかと思いますが、緑にたとえる国もあるそうです。バナナは黄色と捉えがちですが、産地で熟していないときは緑か青に近いですし、傷んでくれば茶色に近づいてきます。そもそも赤、青、黄などの色彩概念を持たない少数民族が南米アマゾンの奥地にいるという話を聞いたこともあります。

 見えない人の色彩学習を考えるとき、色彩の見え方やイメージは多様であり固定的でないことを踏まえなければなりません。

 まず、言葉による色彩学習から取り組みました。日ごろの会話でも「青い空」「白い雲」のように色が使われています。本や映画、ドラマのセリフ、校外学習で出会った人たちの話から色彩に関連する言葉を拾います。正解は決めません。言葉を積み上げて一人一人のイメージをつくっていくことが大切です。

 そこで課題となったことの一つは、同じクラスにいる、見えにくい児童生徒の見え方とイメージでした。校外学習で街を歩いたり、バスや電車に乗ったりしたとき、中には「赤と緑は分かりにくい。多分こっちが赤だと思うけど」「白い紙に黒で書いてあるとまぶしくて読みにくい」「曇り空だと気持ちがスッキリする」などとつぶやく子がいました。

 見えにくい人には、その人なりの色覚特性があることが多いのです。この特性は見える人にもあり、皆が皆、同じように見えているわけではありません。このことは私たちにとって身近で重要な問題のはずなのに、話題にされることが少なく、不便や不安を感じる人たちがいないかと危惧します。

 カラーユニバーサルデザインの考え方は教科書などに活用されていますが、生活の場や職場など広い範囲で生かす努力がもっと必要だと考えます。



版画家、NPO法人麦わら屋アートサポーター 多胡宏 前橋市江木町

 【略歴】元県立盲学校長で福祉施設などのアート活動を支援。筑波大芸術専門学群卒。定年後、群馬大大学院で視覚障害児の美術教育を研究し、2020年3月修了。

2021/06/03掲載

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