嫌われ者の市民権 想像巡らせ誤解を解く
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 ライオンの群れがひそかに獲物に近づき、狩りをするシーンをテレビで見る。しかし、肉食恐竜が草食恐竜を追い掛けているCG映像で、彼らはよく「ガォー」と鳴いている。そんな声を出したら獲物にすぐ気付かれ、逃げられてしまうだろう。「待て」と言われて待つ泥棒がいないように。考えてみれば、分かる。

 里の田んぼには数種類のカエルがいて、種類ごとに繁殖期がずれている。今頃の季節によく鳴いているのはアオガエルやアマガエル。田んぼをのぞくとオタマジャクシ。それを親子と思うのが自然かもしれない。しかし、ここで想像力を巡らせよう。雄ガエルが雌ガエルと結婚したくて鳴いている季節に、もう子どもがかえっているはずがない。実はこのオタマジャクシ、早春に結婚と産卵を終えたアカガエルの子どもたちだ。まんまとだまされてしまうが、考えてみれば、そうなのだ。

 ある小学校の校長が言った。「校舎にコウモリが入ってくるのだが、どうしたら退治できるか」。退治? 久しぶりに聞く言葉だ。いてはいけないのか? 夜のコウモリは、昼間のツバメと同じことをしているのに。一方、コウモリ擁護派の中には「コウモリは害虫を食べるから益獣なのだ」という大学教授もいた。コウモリが人の嫌いな虫ばかり選んで食べているはずはなく、益虫だって同じくらい食べているに違いない。それならコウモリは害獣なのか? ツバメだって同じことだ。話はそれるが、害虫や益虫という概念は人の都合であり、非科学的なので、最近は死語に近い。

 いるだけで嫌われてしまうものに、ハチやマムシがいる。彼らが人を襲う目的で生きているならば、彼らは人と出合うことを待っているのだろうか。人類の出現以前からいる者たちの“市民権”を、私たちは誤解で奪ってきた。

 キツツキは森を枯らさないのか、というのもよく聞かれる問いだ。ここでも想像力を働かせる。もしそうならば、人類が姿を現すはるか前に森はなくなり、キツツキも住めなくなっていたはずだ。

 ホトトギスはウグイスの巣に卵を産み込み、ウグイスのひなを犠牲にして子育てをさせる。ホトトギスはウグイスを滅ぼさないのか、という問いも多い。これも同様で、もしそうなら、人が心配する以前にホトトギスも滅亡している。私たちが思い描くたかだか数十年で何かが変わることは、基本的にはない。あるとすれば、どこかで人間の経済活動が影響している。

 時間のスケールを想像するのは難しいが、陸地は動き、今後も海岸線の形が変わり続けるのは誰でも知っている。つまり、現在の地図は地球の完成形ではない。核廃棄物をどこかに埋めても、10万年後、そこはそこではなくなっている。想像できないことではないだろう。



万座しぜん情報館館長 石塚徹 長野県軽井沢町

 【略歴】元高校生物教諭で2018年5月から現職。専門は動物社会学・行動生態学。「歌う鳥のキモチ」など著書多数。金沢大大学院生命科学研究科修了。博士(理学)。

2021/06/08掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事