『月とキャベツ』 心響く映画と出合おう
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 思い出は色あせない。ましてや、もう一度と願っても時は戻らず、時が過ぎれば過ぎるほど、一瞬の火花のように強く心に刻まれる思い出もある。伊参スタジオが全国的に認知されるきっかけとなった山崎まさよしさん主演、篠原哲雄監督作品『月とキャベツ』はそんな映画だ。

 1996年の劇場公開後、映画の主題歌となった「One more time, One more chance」のヒットとそれを歌う山崎さんの人気により『月とキャベツ』は他に類を見ないほどに長く愛される映画となった。聖地巡礼などという言葉もない時代、映画ファンや山崎さんのファンが全国各地から撮影地の中之条町を訪れるようになり、町は映画スタッフの撮影拠点だった木造校舎を伊参スタジオと命名、校舎内では今も撮影当時の衣装や写真を見ることができる。

 2001年に始まった伊参スタジオ映画祭ではコロナの影響がなかったおととしまでの19年間、毎年35ミリフィルムで『月とキャベツ』を上映。同じフィルムを19年連続で上映するなんてことは日本では他に例がない。この映画が好きだからという理由で映画祭スタッフになった者も多い。

 16年の映画祭には、公開20周年ということで山崎さんが来場した。山崎さんは、その年の上映作品『64―ロクヨン―』原作者として来場した横山秀夫さんの小説のファンで、舞台裏で盛り上がった。その出会いはやがて、企画・伊参スタジオ映画祭、山崎さん主演、横山さん原作による篠原哲雄監督作品『影踏み』として結実。19年の映画祭で、上毛新聞創刊130周年記念事業も兼ねた群馬先行公開を行うことができた。長年の映画祭の積み重ねの中で、最もメモリアルな上映だった。

 『月とキャベツ』は不思議な映画だ。山崎さん演じる曲を作れなくなったミュージシャンと、真田麻垂美さん演じる陰ある少女のひと夏の物語。映画祭でお客さんと共に何度も見たが、フィルムの質感と相まって毎回新鮮な生々しさを感じた。それは、主演2人の演技を見ているというよりは、山里の短い夏に観客である僕自身も入り込み、近づいては離れる2人のドキュメンタリーを、息遣いを間近で見ているようでもあった。

 僕は、自分が映像制作から離れていた頃に「映画を見て人生を分かったようになってはいけない。もっと現実を見なければ」と思っていた時期があった。それは多分正しい。けれど現実に直面しながら年を重ねて気付いたことは「映画を見て感じたことも、現実である」ということだ。だから映画で得た大切なものを心に残して生きることは、美しい。
 『月とキャベツ』はこれからも、この映画を大切に思う人に必要とされ続ける映画である。あなたも、生涯必要とする映画と出合ってほしい。





伊参スタジオ映画祭実行委員長 岡安賢一(中之条町西中之条)

 【略歴】2004年から伊参スタジオ映画祭に携わる。仕事として観光映像制作やアーツ前橋での映像制作を行う。日本映画学校映像ジャーナルコース卒。

2021/6/10掲載

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