美術学習の可能性 見えない人を指導役に
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 対話によって、自画像を描くのと同じ学習をすることはできるでしょうか?

 自画像を描くことは図工や美術の時間で多く行われる学習です。実際に経験された方もいるでしょう。盲学校では粘土で制作することが多いのですが、目標を達成するための学習の工夫として児童生徒とどのような言葉をやりとりするか、学習中の対話が大切だと感じます。一歩進めて、対話だけでも同じ学習効果を得ることが可能だろうかと思ったのです。

 この疑問を、高校生の自画像学習で実践を積んだある先生に伺ってみました。先生は「できる。できるはずだ」と即答しました。なぜできるのかをもっと深く伺うべきでしたが、残念なことに先生はその2カ月後に突然亡くなってしまいました。

 多くの画家が自画像を描いています。その目的には技術の向上とともに、自己との対話があるといわれます。学習として自画像を描くことの目標は、後者が主になると考えられます。自分を知り、アイデンティティーを確立する手だての一つとして自画像学習を捉えることができます。ここに、対話による自画像学習が可能だとする根拠があるのだろうと考えます。

 見えない人を進行役とした対話での鑑賞学習について、2月の本欄で紹介しました。鑑賞学習が成り立ち、対話による自画像学習が可能だとすれば、見えない人を「ティームティーチング」(複数の教員がチームを組んで行う協力型の授業)のT1(リーダー的教員)とした表現学習ができるのではないかと考えます。実際の学習では対話だけでなく、描画や粘土などによる表現が加わるかもしれません。見えない人がT1になることで、学習目標やアプローチの仕方、教材の意図などが再検討され、より明確になるのではないかと思います。そこでは見えない・見えにくい・見える児童生徒が共に学ぶ環境が自然と考えられ、生まれていくのではないでしょうか。

 国内では現在、見えない方も教壇に立っています。担当する教科は理療科のほか、国語、社会、数学、英語、自立活動などですが、図工や美術ではいないようです。では、どのように実施すればよいのでしょうか。

 イベント的な一過性の取り組みは実りが薄いと思います。しかし、最初から頻繁に実施するのも準備時間の確保が難しいでしょう。例えば1カ月に1度など実施回数は少なくても、長期間にわたって授業実践を積み重ねることが望ましいのではないかと考えます。

 盲学校や小・中学校などで、見えない人がT1としてリーダーシップを取って美術科の表現や鑑賞の学習を行うことは、決して不可能ではないでしょう。



版画家、NPO法人麦わら屋アートサポーター 多胡宏 前橋市江木町

 【略歴】元県立盲学校長で福祉施設などのアート活動を支援。筑波大芸術専門学群卒。定年後、群馬大大学院で視覚障害児の美術教育を研究し、2020年3月修了。

2021/09/21掲載

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