信長ゆかりの地へ 謎多い生涯に胸躍る
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 織田信長は謎だらけです。明智光秀になぜ殺されたのでしょうか。日本史上最大のミステリーです。信長は短気でキレやすく恐れられるキャラクターで、49歳のとき本能寺の変で命を落としたことで有名です。

 しかし、光秀はなぜ自分を高く評価してくれた織田信長の命を奪ったのか。本能寺の変を実行したらあっという間に他の家臣にやられることくらい誰でもわかります。ということは家臣内に密約していた味方がいたが裏切られたのか、もしくは信長よりも上の立場の人間の命令なのか、それとも鬱(うつ)病を発症していて抑えることができなかったためなのか、他の理由なのか。

 「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」という俳句があります。信長の生き方をうたった句です。このせいで恐ろしい人なのかと思われますが、信長の優しいエピソードもあるのです。

 例えば、浮気癖に悩んでいた豊臣秀吉の奥さんに「最近きれいになられましたね」「あなたは秀吉にはもったいないお方」「安心して過ごしなさい」などと手紙を書いています。本能寺の変で炎の中に消える前に「是非に及ばず」と言った後、自分についてくる女性と子どもに「逃げなさい、光秀は助けてくれる」と言って逃したという話もあります。信長は戦国時代には珍しいレディーファーストの部分もあったのでしょうか。

 いろいろ謎だらけの信長だからいつまでも魅了されるのかもしれません。

 僕はお正月休みの5日間を使って信長ゆかりの地巡りをしました。信長の生まれた那古野城跡、元服をした古渡城跡、斎藤道三と会見した正徳寺、清洲会議でも有名な清洲城、信長が戦いの前に兵を集めた熱田神宮、今川義元に打ち勝った桶狭間合戦場跡、天下布武を打ち立てた岐阜城(信長が岐阜と名付けました)、浅井朝倉連合軍と戦った姉川合戦場跡、浅井家の小谷城、鉄砲3段撃ちで騎馬から鉄砲の時代を示した長篠設楽原合戦場跡、足利義昭のために建てた二条城跡、焼き打ちをした比叡山延暦寺、村上水軍と戦った木津川、光秀の謀反により炎の中に消えていった本能寺跡地、信長を祭っている建勲神社まで。

 人間50年といった信長ゆかりの地をレンタカー5日間で回りました。分刻みのスケジュールでしたがなんとかプラン通り時間軸通り回ることができました。帰りに新しい信長の本を見つけ買って帰りました。家に帰って興奮覚めぬまま1ページ目をめくりました。そこに書いてあった文字に愕然(がくぜん)としました。「信長は那古野城の生まれではなく勝幡城だった!」

 今までの苦労はなんだったのか。スタートからすでに間違ったルートを行っていたのです。もっと早くその本を読んでいれば。悔しくてしばらく動けませんでした。



お笑い芸人 山本博 東京都新宿区

 【略歴】邑楽町出身で町観光大使。お笑いトリオ「ロバート」のツッコミ担当で、プロボクサーでもある。映画「お前はまだグンマを知らない」など俳優としても活躍。

2018/03/26掲載

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