複数の言語を学ぶ 総合的判断能力育てる 
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 外国語学習の目的は実用か教養かという2項対立で議論する伝統があります。この視点を越える考え方が今世紀に入ってから欧州評議会から提出されました。『ヨーロッパ言語参照枠』です。この参照枠はヨーロッパ全体の言語政策に大きな影響を与えています。理念の一部は次期学習指導要領にも反映されています。

 この枠組みによれば、第1言語(母語)能力と第2言語以上(外国語)の能力は質の異なった別々の能力ではないのです。個々人の言語体験は特定の文化的背景の中で、家庭内の言語から、社会全般での言語、それから他の民族の言語へと広がっていきます。それぞれの段階で新しいコミュニケーション能力が作りあげられます。

 その成立にはすべての言語知識と経験が寄与しており、相互に作用しあっています。したがって、新しい言語学習の目的は、すべての言語能力が何らかの役割を果たすことができるような複言語能力を身に付けるということになります。複数の言語を学ぶと多元的な視野を持つことが可能となり、異文化に寛容な総合的判断能力が育ちます。

 一例を考えてみましょう。「アロハ・オエ」は多くの日本人に愛されている曲ですが、ハワイ王朝滅亡を哀訴するメロディーなのです。18世紀後半に英国を中心とする西洋列強の圧力に抗する形でカメハメハ1世がハワイ全島をほぼ統一し、ハワイ王国が成立しました。その後は米国の進出が顕著となり、結果的にはハワイは米国に吸収合併されてしまったのです。わずか100年余りの王朝でした。滅亡時のリリウオカラーニ女王がその悲しさを「アロハ・オエ」に託したのです。

 この悲劇を避けようとしたのがカラカウア王でした。王は1881(明治14)年に来日しました。主な目的は砂糖プランテーションの労働力補強のために移民を募ることでした。もうひとつ極秘のミッションがありました。王位継承者のめいで当時5歳のカイウラニ王女と日本の皇室の一員との婚約を天皇に提案することでした。王が想定していたのは当時15歳の山階宮定麿であったそうです。

 この提案を受けた当時の天皇は29歳という若さでしたし、近代国家としてスタートして間もない日本でしたから、この王室同士の婚姻による同盟は、はかない夢に終わったのです。詳しくは猿谷要の『ハワイ王朝最後の女王』(文春新書)をご覧ください。

 日本とハワイ王国がもう少し早く接触していたならば歴史は別な展開をしていたかもしれません。このようなエピソードを深く理解する際には個人の総合的判断能力が関わってきます。



早稲田大名誉教授 神保尚武 富岡市七日市

 【略歴】前大学英語教育学会長。早稲田大商学部教授時代にNHKラジオ「基礎英語」講師。高崎高―国際基督教大卒。早稲田大大学院修士課程修了、博士課程中退。

2018/04/17掲載

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