作法やマナー 心地よさ願う気遣い

 社会人になってから気づいたことがあった。私は、一般教養に乏しい。幼少時代に教えてもらえなかった、なんていうのは言い訳にすぎず、社会人になったのであれば、知らないことは自らで学ぶべきである。

 ウエディング業界に入ると、そこはフォーマルの場であり、作法やマナーについて触れる機会に恵まれた。それまでずっと、そのジャンルは特に縁遠く、堅苦しいイメージを持っていて興味を示さなかったのだが、仕事的に知っておくべき立場になり、意識するようになった。

 そんな中、仕事で参加した研修で、礼法の宗家のお話を聞く機会があった。宗家というと、年配のオーラのあるような方かと思いきや、とても美しい女性が、品の良い洋装で現れた。歩く姿や所作、お話の仕方、全てが美しく、魅了された。お話してくださった中で、私がその礼法の門徒になることを決める印象的な言葉があった。「作法とは、相手に不快な思いをさせないように気遣うことです」

 決められたことを、どのような場面でもきちんとすることが、作法やマナーだと思っていた私は、それが人に対しての気遣いであるということにとても興味を持った。そしてそのまま礼法を学ぶことになった。

 実際の学びの中では、いわゆる決まり事を学ぶことが多かったが、講師により感じ方や指導も違い、それがより面白かった。要するに、人それぞれ感じ方が違うから、不快な思いも、心地よく感じることも違うのである。正解はない奥深い世界なのだ。

 では何を正解とするのか…。ある事例が思い浮かんだ。トイレのトイレットペーパーを三角に折ることについての話。なんとなく使用後のペーパーの先を三角に折ることがマナー、という風潮がある。私もそう思っていたのだが、どこかで三角折りについて、こんな感想を見てはっとした。「あの三角を見ると、誰が触ったかわからないから不快だ」

 確かに三角に折るために、使用者はトイレ後の手で紙を触り三角を作る。そう考えると、できれば触ってほしくないと思ってしまった。私はこの感想を見てから、三角に折るのをやめた。でも、それを次の人が見て気遣いがないと不快に思うかもしれない。難しい問題である。

 それでも思う。たとえ相手にうまく伝わらなかったとしても、それぞれの考えで、人を気遣っていること、それこそが作法でありマナーであると。だから、トイレットペーパーを三角に折っても、折らなくても、次の人への気遣いがあれば、それで良いのだと思う。相手への気遣いをしあうことが、何より心地よい。自分を主張することも大切だが、見えない心の交流を美徳とする国に生まれて良かったと思う。



フリーウエディングプランナー 砂賀美絵子 桐生市本町

 【略歴】27歳からウエディングの仕事に従事し、2015年に桐生市内に店舗「オー ハッピー ウエディング」を開設。桐生女子高―白鷗女子短大卒。

2018/06/24掲載

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