ゆかりの地を訪ねる 見て学び、歴史を継承
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 田中正造記念館を訪れるさまざまな団体、学生等から田中正造や鉱毒事件の関連地へ案内してほしい旨の依頼が、最近増加傾向にあり、その対応にあたっている。

 昨年は近隣のほか、東京都、大阪府、兵庫県、神奈川県等のみなさんを「ゆかりの地」へご案内した。

 案内先は渡良瀬川下流域の鉱毒被害地、田中正造の六つの分骨地、雲龍寺と正造の終焉(しゅうえん)の地の庭田家、正造生家、渡良瀬遊水地、川俣事件現場などで広範囲にわたる。

 遠方からの来館者にはバスの車中で訪問先に伝わるエピソードなどを交えながら解説し、それぞれの分骨地では分骨された経緯を説明し、理解を深めてもらっている。

 雲龍寺や川俣事件の現場では、ここに多数の農民が集合し押出(おしだ)しという請願運動を行った人たちの思いを感じていただいている。

 渡良瀬遊水地に到着し、広大なヨシの群生地を前にした参加者は驚かれる。いまでは自然豊かな原野とヨシ原の光景を見つめ、「これが谷中村跡地か」「イメージしていたものと全然違う」など、さまざまな感想が聞こえてくる。

 「いつか本で読んだところに行ってみたいと思っていた。本を読むことは大切だが、現場を直接自分の目で見ることの重要性を再認識した」という声もあった。

 昨年は懸案事項だった館林市との協働事業に取り組むことができた。具体的には、市内小学生を足尾銅山跡に案内する取り組みで、産業遺産と荒廃した山々の見学のほか、植樹をしてもらった。「足尾に緑を育てる会」のキャッチフレーズでもある「見て・学んで・体験する」を実践できたと自負している。

 足尾銅山観光では、トンネルをくぐり実際の坑道に入って見ることで、子どもたちは銅山がどのようなものであったか理解を深められたようだ。

 校外学習ということもあり、元気よく熱心にメモを取り、さまざまな質問を投げかける姿に大きな感動を受けた。

 このように未来を託すべく子どもたちに、足尾での植樹活動を通して現地を見せ、自然環境学習の大切さを学ぶ機会を提供する活動を今後も継続するべく努力しなければならないと痛感した。

 正造や鉱毒被害の歴史を知らない人たちが多い中で、現地案内の役割の重要性を新たにした。

 「ゆかりの地」の帰路では、必ず伝える言葉がある。それは、今日、見学地で見たり聞いたりしたことを帰宅したら、家族だんらんの中や知人との会話に取り上げてほしいとお願いする言葉だ。記念館の大きな使命の一つであり、地道な取り組みの継続一つ一つが、後世の人に歴史の記憶を受け継いでもらうことにつながると考えている。



NPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館事務局長 島野薫 館林市上三林町

 【略歴】民間企業を定年退職した後、2007年にNPO法人足尾鉱毒事件田中正造記念館理事に就任。08年からはNPO法人足尾に緑を育てる会理事も務めている。

2018/06/29掲載

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