フィジー直行便再開 民主化進む観光立国
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 7月3日、成田・フィジー間の直行定期便が再開される。2009年3月以来、9年ぶりの直行便の復活だ。1980年代、フィジーは新婚旅行のメッカとして注目され、最盛期には年間4万人以上の日本人が、南国の美しい海と魅力的な人々が待つこの地を訪れた。日本からわずか9時間足らずで結ぶ直行便の再開により、かつてのハネムーナーやその家族たちが再びその魔力の虜(とりこ)となるに違いない。

 人口90万人、南太平洋の中心国であるフィジーは、古くから「南太平洋の十字路」と呼ばれ繁栄した。19世紀に英国の植民地になり、砂糖のプランテーションを展開するため、インドより大量の移民が流入、一時は原住民の人口を超えるまでになった。首都スバには、エキゾチックな雰囲気を感じさせる活気あふれる街並みが広がっている。

 独立以降、フィジーの国内の政治はしばしば「クーデター文化」に悩まされた。商才にたけたインド系住民が議会で多数派を占めると、軍隊の指揮権を持つ原住民たちが不満に思い、クーデターを起こし、政権を奪取。こうした民族の対立を背景とした政治の混乱が繰り返されてきた。

 このクーデター文化を終わらせるために政治改革を断行したのがバイニマラマ現首相である。2006年末、原住民系の内閣の下で汚職がまん延していたことを批判し、当時軍司令官であった現首相がクーデターを実行。議会を解散し、原住民とインド人が平等の権利を有する本当の国民国家を建設すべく、憲法改正に着手した。

 前政権とのつながりが強かった豪州は、バイニマラマ政権の取り組みを批判、日本をはじめとした先進国に働きかけ経済支援を制限するなど、徹底して国際社会からフィジーを排除しようと画策した。

 それでもバイニマラマ首相は13年には憲法改正を成し遂げる。翌年には民主的な選挙が行われ、与党が議会のほぼ3分の2の議席を獲得した。このフィジーの民主化を後方支援した形となったのが、中国からの経済援助であったことは何という皮肉だろう。

 民主化を達成したフィジーは遅れていた地方の開発を中心に国内経済の活性化を進めている。気候変動問題が議論される国際会議では議長として活躍し、将来の太平洋地域の地域統合の在り方についても太平洋島嶼(とうしょ)国のリーダーの立場から積極的に発言を行うなど、国際社会においてもその存在感を高めている。

 国技であるラグビーは子どもから大人まで国内の至るところで行われている。16年のリオデジャネイロ五輪では、正式種目となった7人制ラグビーの初代王者に輝いた。来年日本で開催されるラグビーワールドカップでもその活躍が大いに期待されている。彼らの雄姿を一足早く目にする意味でも今年の夏は直行便に乗ってフィジーでバカンスというのもいかがであろう。



東海大現代教養センター講師 黒崎岳大 神奈川県相模原市

 【略歴】外務省、国際機関勤務を経て、2018年より現職。太平洋外交のエキスパート。17年、中曽根康弘賞受賞。前橋市出身。早稲田大大学院博士課程修了。

2018/07/03掲載

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