醸造家の意志 醤油の声、聞いて動く

 以前、とある著名な経営者の講演会に出席させていただいた折に、その方が「のどが渇いている時に、目の前に水があっても飲まなければただの水である」と語られたメッセージが不思議と記憶に残っています。

 実に当たり前なことなのですが、のどを潤すためには目の前の水を取る「心」がなければ潤すことはおろか、最悪命を落としかねない状態にも陥ってしまいます。

 恋愛に例えても一緒です。好きな相手を前に告白せずに思っているだけでは、相手に自分の気持ちをいつまでも伝えることはできません。伝えたいという真剣な「心」が存在するからこそ、伝わるものだと思います。

 よく「心」の在り様を「意思」と「意志」に分けて定義することがあります。正しく字の通り、思うだけではなく志すことは自らの目標を達成するための大きな原動力になります。

 醤油(しょうゆ)づくりにおいても、土地の風土、原材料、微生物の働き同様、作り手の存在はとても大切な要素になります。そしてこの中で作り手の意志はさらに重要です。

 創業当時の風土と現在では大きく様相が一変したでしょう。原材料も新たな栽培方法の確立や新たな品種の登場もあり、大きく変わったことでしょう。麹(こうじ)菌等の微生物も培養技術の向上によって製麹環境も変わったことでしょう。作り手たちも受け継いできた時代の流れによって自らのこだわりを変化させてきたことでしょう。

 さまざまなものが時代に合わせて変化してきた一方、反対に変わらないものもあります。その内の一つとして、弊社では、人が醤油をつくっているという表現は使っていません。これは人の都合ではなく、醤油の都合でものづくりを行うことを意味します。自分が作っているという気持ちはおごりにつながり、ものづくりのバランスを崩してしまいます。

 醤油づくりにおいて作り手である人という存在は、醸造環境と原材料の間を取り持つ接点であるという考えに基づきます。他の要素同様、人という要素も秀で過ぎてもいけない、足りな過ぎてもいけない、醤油の五原味(甘味・酸味・塩味・苦味・うま味)のごとく絶妙なバランスを保ちつつ、常に寄り添い共に成長していくことに最大限注意を払い、醤油として育て上げていくことが私どもの意志です。

 「醤油が語り掛けてくる。その声を心で聞いて動く」。これは私どもの先人が残した言葉です。分刻みで世の中が変化している現代において、視覚化されたものが判断基準になりがちですが、「心で聞いて動く」という醸造家ならではの「待ちの姿勢」はこれからとても大きな価値を生むと信じています。



しょうゆ製造・販売「有田屋」第7代当主 湯浅康毅 安中市安中

 【略歴】信州ジャスコ(現イオン)退社後、2002年に家業の有田屋に入り、第7代当主に就任。学校法人新島学園理事長。米ジョージワシントン大卒。

2018/07/12掲載

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