被爆クスノキの苗木 平和な空目指し育って 
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 被爆73年目の夏がくる。

 将来、核兵器が使われたらどうなるのか、何を失うのか。原爆の残酷さを振り返り、考えたい。

 忘れられない絵がある。

 木の下で、青い服を着た女の人が泣き叫ぶ赤ちゃんを抱いて座っている。お乳を飲ませようと胸をはだけたまま、死んでいる。広島の被爆者が描いた「原爆の絵」だ。

 絵の中の赤ちゃんがその後どうなったのか、わからない。かろうじて当時を伝えるのは絵の中央に描かれた1本の木。鶴見橋のたもとに立つシダレヤナギだ。

 爆心地から約1.7キロ離れた橋の先には小高い山があり、猛火から逃れようと人々が橋を渡った。女の人は鶴見橋を渡りきったところで力尽きたのか。シダレヤナギは今もここに立ち、何が起きたのか、あの日を想像するヒントをくれる。

 この木のように原爆投下後に芽生え、今も生きる「被爆樹木」は、広島に161本、長崎に約30本がある。木の多くはヤケド痕や亀裂など傷痕を残し、原爆の恐ろしさを伝えている。

 長崎を象徴する木、山王(さんのう)神社の被爆クスノキの幹にもぽっかりと穴があいたままだ。樹齢は約500年。参道を挟んで右と左、戦前と同じ場所に2本が立っている。今では高さ約20メートル、幹周りは右が8.6、左が6.5メートルの堂々たる大樹だ。

 被爆当時、この辺りは焼け野原。クスノキは黒焦げになり、幹や枝は折れて、枯れたかに見えた。ところが約2カ月後、新しい芽が出てきた。2本とも爆心地と反対側の幹から芽吹く様子が10月に撮られた写真に残っている。その緑は生きる気力を失いかけた人々を勇気づけたと伝わる。

 シンガー・ソングライターの福山雅治さんの歌『クスノキ』のモデルとなった木だ。

 山王神社には爆風で片方の柱が吹き飛び1本で立つ「一本柱(いっぽんばしら)鳥居」もある。クスノキとともに、長崎の再生と平和のシンボルだ。

 私の手元に、このクスノキの種から育てた苗木がある。高さは1メートルほどで、幹は細いが緑は次々と茂っている。昨年秋、宮司の舩本勝之助さんから、「原爆を伝え続けてください」と譲り受けた。

 この苗木を植え、育ててくださる場所を探している。小さなクスノキが大きな木に成長する姿を見ながら、戦争や平和について考えるきっかけにしていただければと願う。

 現在、地球上にある核弾頭は約1万5000発。最大の威力をもつものは広島原爆の約3000倍という。クスノキは、被爆の苦しみ悲しみを振り返るよう警告を促す存在となるだろう。

 100年、200年とこのクスノキが生きたとき。私たちの子孫が木を見上げれば、今、平和であることを幸せに思う。そんな未来が待つことを信じている。



文筆家 杉原梨江子 前橋市日吉町

 【略歴】文筆家。広島の被爆樹を取材し、関係者の証言とともに紹介する本「被爆樹巡礼」を出版。2017年、前橋市に転居。広島県府中市出身。武蔵野女子大卒。

2018/07/18掲載

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