政権交代と「ダム中止」 八ツ場から政治へ問う

 2009年8月下旬、「ここまで一方的になるものかな。何か、気持ち悪いね」。行きつけの飲み屋で、衆院選開票速報を一緒に見ていた本家の親分がつぶやいた。与党として君臨していた自民党政権が敗れ、民主党が初めて政権を担うことが決まった。

 ここ川原湯にとって逆風が吹くことは、誰にでも予想できた。しかし、あれほどひどいことになるとは、誰にも予想できなかった。この地にダム計画が発案されてから、約60年になろうとしていて、移転も始まった直後の「政権交代」という巨大な時代の潮流にまたもや住民は翻弄(ほんろう)されていく。

 9月中旬、国土交通相に就任した前原誠司氏が「八ツ場ダム中止」を発表した。翌日からありとあらゆるマスメディアがどっと押し寄せて、蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、日本で一番注目されるダムとなった。人を見つければ突撃取材し、家にも押しかけ、移住したばかりの家の花壇は足跡だらけになった。仕事とはいえあまりにも遠慮のかけらもない行為に対し、住民らは辟易(へきえき)した気持ちになり、家から出なくなった。

 町長ら組織のトップに立つ人たちは、長年続くダムのことや現在水没住民が置かれた現状、突然のダム中止発言の撤回を、メディアを通して訴えた。しかし、世論に対しては逆効果で、現状を打破するために民主党に期待して投票した多くの有権者から見ると、高額の補償金を手にする水没住民が、ダムを造らせている張本人のように見えたようだった。そこから、怒りの矛先が、われわれに向けられるようになってしまった。

 とても残念だった。首都圏に必要な「水」を供給するために涙をのんで故郷を湖の底に沈める決断をし、ダムを受け入れた先人たち。このような事態を想像もしていなかったろう。旅館の電話もクレームばかりで仕事にならず、自宅の電話も同様。脅迫まがいのものも多くなり、3カ月間ぐらい、電話線を抜いた。子どもから目を離すことができなかった。本当に怖かった。

 騒ぎの中で、当時私が一番腹立たしかったのは、政権を奪われた自民党の方々が大挙して訪れ「われわれは、皆さまの味方です。何でも言ってください」という発言だった。「えっ、何を今さら。あなた方たちがしっかりしていたらこんなことにはなっていませんよ。今まで歴代の大臣さえ来たこともないのに」。心の中で絶叫し、絶望していた。政治のいいかげんさに…。

 生まれて初めて身の危険を感じた「政権交代・ダム中止」騒動。一つ良かった点を挙げるとしたら、当時、日本一有名なダムになったこと。しかし、費やした心の代償は計り知れないものがある。今でも私自身頑張っていられるのは、あの時の悔しさと、絶望感があるからなのかもしれない。



川原湯温泉協会長 樋田省三 長野原町川原湯

 【略歴】老舗温泉旅館「やまきぼし旅館」社長。跡見学園女子大と長野原町による活性化策の川原湯温泉ブランド化プロジェクトの座長を務める。日本大経済学部卒。

2018/07/21掲載

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