なぜ古文書を学ぶか 古里愛し、未来へ継承
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 古くから人々が暮らす嬬恋村。黒色磨研注口土器の縄文時代。六文銭の鎌原城があった戦国時代。善光寺への信州街道と草津温泉への草津道で人々の行き来があった江戸時代。その中で1783(天明3)年の浅間山噴火災害。明治に入り馬鈴薯(ばれいしょ)の生産。大正時代には草軽電車が温泉客や硫黄を運んだ。今は、キャベツ畑が地平線の向こうまで広がり一大産地になっている。人々の営みと歴史が息づき今日に至っている。

 このように地域には、歴史が刻まれてきているが、こちらから歴史の扉をたたかないと開かれてこない。その土地の古文書を開いて読むとそこにその土地ならではの歴史が見えてくる。知らなかった新たな世界が広がる。

 「古文書を読みたいのだけれど難しくて読めない」「興味があるのだが一人で学べない」「歴史を原書で確かめたい」など声が寄せられた。その方たちを仲間にして、嬬恋古文書の会を立ち上げ、3年目の夏を迎える。

 メンバー15人が集まり1時間半の学習時間があっという間に過ぎてしまう。

 この学習会で強く感じることがある。年齢層は30代から80代までと幅が広いが、みな学習意欲がある。「この字は修だよね」「前に出てきた形と違うけどさ」「古文書のくずし字用例辞典であたろう」「56ページを見て」「この字の形ある。やはり修験道って読むだ」「昔、嬬恋村は修験道が盛んだったんだね」とわからないことや疑問に思ったことを出し合い、全員が納得しながら進める。笑い声やわかったことへの感動の叫び声があがる。人間は、年齢に関係なく学ぶ意欲があり、知ることやわかりたいという思いは常にあることをあらためて感じる。

 学習する場を設けること、そして、仲間ができること、それを続けることによって学習コミュニティーができる。それが居場所づくりになる。一つの古文書をみんなで解いて読み取っていく過程がとても楽しく思える場になっている。嬬恋の古文書を興味津々と読んでいる。

 文化を守ることは、その土地をよく知ることである。それが第一歩である。その土地の歴史やよさを知り、その土地に愛着をもつことである。その歴史を受け継ぎ未来に伝えていく。もっと住んでいる土地のことを知りたい。それが文化を伝えることになる。その貴重な資料の一つが古文書である。

 家や蔵が古くなり取り壊す場面に出合うことがある。その中にボロボロになった古文書が出てきて捨て去られてしまわないかと心配になる。大事な歴史が刻まれているかもしれない。古文書が出てきたら、捨て去る前に地域の教育委員会や古文書会等に連絡を入れてほしい。大事な文化がそこに眠っている。



嬬恋村高山蝶を守る会会長、嬬恋古文書の会会長 宮崎光男 嬬恋村鎌原

 【略歴】嬬恋田代小校長を2015年に退職後、16年4月から守る会会長。嬬恋古文書の会会長、嬬恋郷土資料館友の会副会長、嬬恋村社会教育委員。群馬大教育学部卒。

2018/07/27掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事