家族とは何? 男女の努力で成り立つ

 私が運営しているNPO法人結いの家は家族の中の問題を支援している。支援の内容は、DV、虐待、貧困が主である。私個人としては今まで20年以上もさまざまな形で相談、支援活動を行ってきた。そしてこれまでいろいろな家族をみてきた。家族とは一体何だろうと思うことがよくある。

 「人々は家族に何を期待しているか?」という調査を読んだことがある。いつの調査か忘れたが、少し前の調査だと思う。調査の結果は「心の安らぎを得るという情緒面」に集約されていた。「家計が安定するという経済面」「日常生活上必要なことをする家事面」への期待は意外なほどわずかだった。

 解説に市場原理がますます広く浸透していく現代社会において家族が親密さの感情を育む場、人間らしさを支える最後の共同体、すなわち愛の共同体として人々から期待されているからであろうとあった。

 そう言えば、先日受けた家族心理学会の講義のなかでも、関西の大学の教授が今の女子大学生は専業主婦を第1希望としていると聞いた。本当だろうか、私くらいの年代の女性は女性の社会参画を勝ち取るため必死だった気がするが、今の若い女性は社会に出てしんどい思いをするより、家族を大切にする方を優先したいのだろうか。

 家族も時代によって変化してくる。もしかして今の若者は、企業戦士として働く父親や、女だからとバカにされないように会社で働きながら、家事もこなし、必死に生きている母親をみているうちに、家族とはそんなものではないと思っているのかもしれない。

 本当は誰もが、家族は人間らしい愛の共同体であってほしいと願っている。でも、男の視点と女の視点はちょっとちがう。男は多分、家族は超長時間、超過労力によって疲れた心身をいやして、明日への活力を養える場であってほしいと期待する。女はそうした期待に合わせて家族が快適に暮らせるように、家事、育児、介護などの愛の労働を無報酬で行う場所と思っている。

 そして、家族を経済的に支える男性はお金の力を背景に権力者でいられる。DV被害者の話を聞けばこのような類いの話ばかりである。DVの問題がなくても、家族を語る時、性別分業などのジェンダー論は無視できない。また、「お金」という冷徹な点も考えないと家族については語れない。

 最近よく感じる。家族って、ただ結婚して当たり前に家族を作るだけでは家族の存続はない。人ごとではない。男も女も努力しなければ、家族はあっという間に崩壊してしまうのだと。



NPO法人結いの家理事長 尾崎多美子 沼田市坊新田町

 【略歴】2016年に結いの家を立ち上げ、DV被害者支援事業や貧困問題解決に取り組む。高崎市出身。県外で生活後、12年から沼田市在住。明星大人文学部卒。

2018/08/03掲載

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